ある夏の話
@_na_y_u
親友へ
それは、朝から蝉の鳴き声が五月蝿かった八月のことだ。
僕は学校をサボるつもりは一切なかったのに、降りるはずの駅で降車できずにそのまま乗り続けてしまっていた。
外が茹だるような暑さだったせいか、学校へ行きたくなかったからなのか、自分でも理由は分からない。
だが、降りないでと言わんばかりにそこから動くことができず、ただ電車の座席から車窓をぼーっと眺めていた。
僕には忘れられない人がいた。
小学校からの親友だった涼だ。
彼は三か月前に僕を車から庇って代わりに轢かれ、死んだ。
涼とは同じクラスだったこともあり葬式に呼ばれたが、僕は行くことができなかった。
合わせる顔がなかったからだ。
僕以外の同級生のみんなは参列したようだったが、僕が参列しなかったことに対しては、何かを察したのか何も言われることはなかった。
親友だからこそ辛くて参列できなかったのだろう、とみんなは思っているのだろう。
実際間違いないし、それに関して何も間違いはない。
本来ならば自分が棺桶に入っているはずなのに、棺桶にいるのはいつでも何処へ行くにも必ず一緒だった涼なのだ。
何故、彼は死んで自分が生きてしまっているのだろうという自責の念に囚われていた。
僕は親友が死んだというのに涙が一粒も頬を伝うことはなかった。
人間、本当に悲しいと涙が出てこないという話は本当だったらしい。
この世の中にとって必要な人間は先に死んでしまい、僕のような足でまといは生き残ってしまう。
涼はいつだって僕の味方で、彼と仲良くなったきっかけも僕をいじめから救ってくれたからなのだ。
小学生三年生の時のことだ。
クラスのやんちゃな三人組から僕はいじめを受けていた。
先生も気付いていたが、面倒事は嫌だったのか何も対処されることはなかった。
そんな中、転入生として涼が現れた。
彼が来たその日から僕の人生に光が差した。
涼は持ち前の正義感が強い性格で、いじめから僕を守ってくれた。
彼は誰とでも仲良くなれるような性格でもあった為、僕をいじめてきた三人組とも穏便に解決させていた。
僕の憧れだった。
僕にはないものを全て涼は持っていた。
いつだって僕のことを守ってくれていたし、当たり前のように仲良くしてくれた。
ある日、何故僕と仲良くしてくれているのかと理由を聞いたことがあった。
その時に彼はこう答えていたのを今でも覚えている。
「翠には俺にはないものを持ってるだろ。」
涼になくて僕にあるものなんて、全く分からなかった。
その答えは今だって分からないし、これから先分かることもないのだろう。
ただ涼はそう答えていた。
その言葉の真意は今となっては聞くことすら叶わないのが悔しくて悲しい。
今思えば、僕は涼に救われてでしかなかった。
いじめからも車からも守ってくれて、正義感の強さは何一つ変わってなかった。
僕は涼のことを何も救えていなかった。
ねぇ、涼は僕と一緒で良かったと思ってる?
気が付くと寝ていたようで、時間を確認すると30分が経過していた。
かなり乗っていたようだ。
外に目をやると、水面が夕陽に照らされて海が輝いていた。
次の停車駅で降り、誘われるかのように海へ向かった。
風も緩やかで、とても穏やかな光景が広がっていた。
涼と一緒に見たいな、とふと思ってしまった。
彼はもうこの世にはいないのに。
僕のせいでここにはいないのに。
「涼…本当にごめん。」
つい、口から漏れてしまった。
その時、波の勢いが少し強まった。
このまま海に向かって歩いていけば、僕も楽になれるのかな、涼の元へ行くことができるのかなと思っていた。
涼がいなくなってから僕の毎日は色褪せ、灰色となっていた。
そう、涼は僕の毎日に彩りを与えてくれていた。
それなのに僕は彼に救われてばかりで何も与えることはできていなかった。
涼とは死ぬまで一緒に仲良くしていくんだろうなと僕が思うのも変な話だが、そう思っていたが為に、今のこの辛い現状をどうしていけばいいんだろうと考えている。
涼の元へ行きたいと強い気持ちがあった。
だが、彼が僕のことを庇ってくれたということは、涼からもらった大切な命なんだと思えた瞬間に、頑張って生きていかなければという使命感に変わった。
僕は僕の為に生きるのではなくて、涼の為に生きていこうと決めた。
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