うさ頭巾と名無しのかかし
かなぶん
うさ頭巾と名無しのかかし
宿屋をやってきて、さてどのくらい経ったものか。
とにかく、いろんな客を見てきた主人は、カウンター越しの人物に表では笑顔を貼りつけ、裏では多量の冷や汗を流していた。
頭頂部が三角の、幅広つばの古ぼけた麦わら帽子、煤けた外套から覗くくたびれた農夫服はいい。カウンターに置かれた見てくれの悪い手袋と、覗く手首が藁であることも、特に問題はない。
そもそも、場末の宿屋にドレスコードなどないのだから、宿代を払える以上、客の格好や姿形に文句などあるはずもない。
――だが。
(か、顔が怖い! 格好はどう見てもかかしなのに、なんで頭は藁じゃなくて金属でできてるんだ、コイツ!)
表情の読めない客に遭うことなど、それこそ日常茶飯事ではあるが、表情が最初っから無駄に殺気立った形で固められた客に遭ったのは、これが初めて。少しでも機嫌を損ねれば、そこで人生が終わりそうだ。
しかし宿屋の主人は、宿屋の意地から、怯む心をぐっと堪えて対峙を試みる。
「いらっしゃい。何泊で?」
「……一泊だ」
(よしっ!)
思ったより聞き取りやすかった客の低い声に、一晩乗り切ればいいだけと知った主人は内心でガッツポーズをする。――しかし。
「……あ?……おい、ちょっと待て?」
「!」
急に客の声に苛立ちが混じり、主人に緊張が走った。
自分の心の声が聞こえでもして、それが癪に障ったのかと青ざめかけたなら、
「あんのっ、クソウサギ!!」
突如、激昂した客がカウンターを叩いた。
いや、破壊した。
「ひぃっ!!?」
たった一撃で粉砕されたカウンターに思わず上がる悲鳴。
しまったと慌てて口を押さえる主人だが、金属頭の客はその顔に似つかわしい殺気を纏わせた背をこちらへ向けると、閉まっていたはずの扉ごと姿を消してしまった。
その扉さえ、カウンター同様、通りがてらに粉砕されてしまったと後で気づいても、主人にあるのは(た、助かった……)という思いのみ。
* * *
「お、戻ったか――って、なんだよ、そのぬいぐるみ」
街の外れにある小屋の中。帰ってきた仲間と縛られ抱えられた子どもを笑って迎えた男は、子どもとは逆の腕に抱えられた、赤い頭巾とエプロンドレス姿の白いウサギのぬいぐるみに怪訝な顔をした。
子どもの身長の半分はありそうなそれを壁に放った仲間は、面倒そうに言う。
「仕方ねぇだろ。こんな馬鹿でかいぬいぐるみ、路地に転がしたままにしてみろ。嫌でもサツに勘づかれちまうだろうが。持ってくるしかなかったんだよ。ったく、このガキ、どこでこんなもん拾ってきやがったんだか」
言って、今度は子どもを放り投げる。
「ぅぐっ」
物言わぬぬいぐるみと違い、轡を咬まされた少年から呻きが漏れた。
「まあ、不幸中の幸いは、通報するって頭がコイツになかったってとこか。お姉ちゃんを助けてって、この街の奴らが金もねぇガキに構うかよ」
「ほほう? ってことは、あのぬいぐるみは、ない頭なりに考えた金策ってヤツか? ぬいぐるみの価値なんざ知らんが、あのでかさならそこそこ値はつきそうだな。へへ、ついでの小遣い、ありがとよ、坊主」
睨みつける少年をあざ笑い、頭ごと髪を乱暴に撫でつける。
と、小屋の奥からもう一人の仲間が、少年より年上と思しき少女を抱えて現れた。
顔の半分を紫に変色させ、後ろ手に縛られた少女はピクリとも動かない。
「んーんっ!!」
その姿に少年が足掻くのを笑えば、少女がその近くに転がされた。
「うっ……」
少年と違い、轡を咬まされていない少女は衝撃に呻き、腫れていない目を開く。焦点の合っていない目はしばし少年を見るだけだったが、次第に状況を思い出したのだろう、口が悲鳴に近い形を取り、
「感動の再会と行きたいところだろうが、違うんだなあ、コレが」
「がっ!」
「んーんっ!!」
少女の頭を乱暴に掴んで声を封じた男は、その顔を床へ押しつけると、細い背中に太い膝を乗せた。
「悪ぃな。お前の姉ちゃん、クソやかましいから一発殴っちまった。でもよぉ? 自分の立場ってのが分ってないのが悪いんだぜ? ってぇことでぇ」
「っ! いやっ!?」
膝を除けると同時に自分ごと少女を立ち上がらせた男は、年端がいかないながらも、何かしらを感じた悲鳴に、下卑た笑みで歪んだ唇を一舐め。
「こんなガキじゃ、こっちも盛り下がるんだが、ひん剥いて教え込めば少しは静かになんだろ。――身代わりになるほど弟が大事なら、なあ?」
「!」
最後は少女にしか聞こえない声で付け足すと、男はもがく少年にも見えやすい位置で少女の身体へ手を――。
「テンプレ過ぎて、萎えるわね」
そろそろ頃合いだろうかと立ち上がったドロシー。
「誰だっ!」
しかし、大の男三人は、揃いも揃っててんで別方向を見渡すばかり。
(ったく。ヒトのこと、馬鹿でかいだのなんだの言っていたくせに)
察しの悪さにイライラしつつ、ぽふぽふ、白い足で木の板を踏みつける。
「ここよ、ここ。あんたたち、頭どころか目も腐り果ててるんじゃない?」
「なんだとこの――ぬ、ぬいぐるみ?」
ようやく集まった目に「ハァイ」と言わんばかりに白い手を振り、ため息。
「はああ……。相手は人さらいだって言うから、巨悪かもしれないって期待していたのに、まさかこんな「ゴミ」過ぎる小者たちだなんて」
「なっ!? なんだとこの」
「じゃあ何!? あんたたち、その子たちで実験でもしてくれるのかしら!? それとも、解体して、一人の完璧な神を作り上げるとか、そういうことできる!?」
「な、何言ってんだ、コイツ……」
自分たちの味方ではないことは確かだが、少年たちの仲間とも思えない発言の数々に、三人の男たちがドン引きする。
しかし、ドロシーの不満は止まず、
「はあ……。何よ、その常識人みたいな反応は。あたしみたいな可愛いぬいぐるみが動いているのよ? 少しは中身はどうなってんだとか、引き裂いて仕組みが知りたいとか、好奇心くすぐられなさいよ! そんなんだから「ゴミ」なのよ!!」
ビシッと指のない白い手が男たちを差す。
突然喋り出し、動き出したドロシーの一方的な言い分に、男たちの全員が全員、再び怒りに顔を引きつらせる中、リーダー格の男が少女を前に出して言う。
「……で? てめぇのくだらねぇ評価や、クソの足しにもならねぇ話を延々聞かされた俺たちにどうしろと? グダグダ抜かしちゃいるが、要はこのガキどもを助けてぇってことだろ? この人数に、ちんけなお前が――」
「助ける? あんたたち程度から、誰を?」
イライラを抑え込んだ様子で口を開いていたリーダー格に対し、ドロシーは白い頬へ手を添え、首を傾げた。
完全に小馬鹿にした物言い。
今にも血管が切れそうなほど顔を真っ赤にしたリーダー格は、掴んでいた少女の手首を前に突き出し、
「このガキどもだろうが! このっ…………え?」
ここでリーダー格の目がドロシーの後ろを見た。そして、前に突き出した自分の手が握る、垂れた縄を見る。
後ろの男たちも同じ動きでドロシーの後ろとリーダー格の拳、そして、少年が転がっていたはずの場所を見て――叫ぶ。
「なっ!? いつの間に」
だが、最後まで続かない。
「――ぉのっ、クソウサギ!!」
そんな絶叫と共に、上から降ってきた何かが、小屋ごと彼らを押しつぶした。
見事にドロシーの目前まで、小屋の中から外へと景色が変わったなら、ゆっくり立ち上がった人物は、世にも恐ろしい顔の目の奥で、更に底冷えする怒りを向けてくる。
「ひっ」
と聞こえてきたのは、ドロシーの後ろにいる姉弟から。
どちらもすでに拘束は取り払われているはずだが、ドロシーの前にいる人物のせいで萎縮しまったようだ。
(んー。タイミングは悪くないけど、やっぱり正義の味方って顔じゃないわね)
一人(?)、いつも通りのドロシーは、知った顔の世間的な評価を残念がりつつ、懐をゴソゴソ漁る。そして悪びれもせず、重そうな小袋を差し出した。
「はい。これでしょ? 一応、今回のお駄賃も足しておいたから。どうぞ、心置きなく宿に帰っていいわよ――お?」
がしっと掴まれた頭。
綿が詰まっている身の上、痛みなどはないが、少しばかり視界が歪む。
とはいえ、その程度で目の前の顔がマイルドに見えるはずもなく、
「金で解決とは、どこまでヒトをコケにする気だ? ああ?」
「解決するとは思ってないわよ。ただ、今からする交渉に貴方が邪魔なだけ。正確には、貴方のその、正義のせの字もなさそうな、愉快な顔が邪魔なのよ」
そもそも、助けを乞う少年をさっさと見捨てているのだから、顔以前の問題だが。
「……チッ」
放り投げられることも込みでそう言えば、ドロシーの意図を汲んだのだろう、掴まれた状態はそのままに、くるりと身体が姉弟へと向けられた。
「とりあえず、街まで戻りましょうか」
「おい」
「はいはい。あのね、街まで送ることを前提に、助けたお礼として、なんだけど」
「…………」
区切り区切り言ったのは、もちろん、ドロシーの頭を無遠慮に掴む背後にも前提を呑ませるため。止める様子のないことを感じつつ、「お礼」に対して更に硬くなった姉弟へ、ドロシーは決して変わらぬトーンで言った。
「あたしたちに助けられたって、吹聴してくれないかしら? 誰でもいいし、信じて貰わなくてもいいから、可愛い赤ずきんのウサギと、馬鹿力のかかしに助けられたって、できるだけたくさんのヒトに伝えて欲しいの」
「ど、どうして?」
尋ねてきたのは弟の方。
姉を助けるため、最終的にウサギのぬいぐるみへ縋った少年の質問に、普段であれば茶化すに留めるドロシーは、声音こそ何でもない風に答えた。
「名声を得るためよ。名声を得たら、”機神の道楽”に参加できるでしょう?」
どんな望みでも叶えてくれるという祭典、”機神の道楽”。
参加資格者に求められるのは、手段も、生き死にさえも問わない、絶対の勝利。
この世界に住まう者なら誰もが知り、誰もが知る故に向けられる少年からの案じに、ドロシーは気づかない素振りで「お願いね」と念を押す。
うさ頭巾と名無しのかかし かなぶん @kana_bunbun
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