ぎゅっ、と。

壱ノ瀬和実

ぎゅっ、と。

「はーい、ごはんですよ」

 目の前に真っ二つに折られた人参が出された。水色の丸皿に投げ捨てるように置かれたそれは冷たく固い。

「これもどうぞー」

 かっちかちのハンバーグだった。デミグラスソースが掛かっているような色をしているが、何せかっちかちなので食えはしない。

 口許に無理矢理押し込んで「おいしい?」と半ば無理矢理同意を求めてくる。

 落ちたブロッコリーらしきものを拾いながら、まるで俺の仕業かのように「またこぼして」と叱ってきて、食事させることに飽きた途端に「おふろのじかん」と言って湯のないに桶に俺を入れ、タオルで全身をこすり、小汚い服をあーでもないこーでもないと言っては何着も着せてくる。為されるがままだ。

 ままごと遊びでは俺は子供役。時々帰りの遅い旦那にもなる。

「ごはんにする? おふろにする?」と聞かれても俺に選択権はなく、毎回ご飯が先。そこで出てくる飯も固いプラスチック。野菜にはマジックテープまでついていやがる。

 外に出るときには必ず俺を連れ出そうとした。俺がいないと外に行きたくないのだそうだ。

 夜になれば寝たくないと駄々をこね、俺を勢いよく抱きしめて顔をうずめないと寝られない。

 この家に来てからというもの乱暴な扱いばかりだ。

 どうせいつかは、忘れていくくせに。

「クマちゃん」

 寝言だ。

 よだれを俺の顔面に垂らしながら毎晩のように言う。

「ずっといっしょ」

 ……そんなわけあるか。

 大人になればお払い箱さ。

 俺がどんなに文句を言ったって有無を言わさないお前のことだ。いつか俺が押し入れの中から必死になってお前の名前を呼んでも、俺を忘れないでくれと叫んでも、きっと届かないに決まっている。

 そんないつかが来ないでくれと望んでいることも、お前は分からないまま大人になっていくんだ。

「だいすき」

 ああ。俺も大好きだ。

 他の全てが伝わらなくても、この想いだけは、お前に届いて欲しいのに。

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ぎゅっ、と。 壱ノ瀬和実 @nagomi-jam

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