ご要望のテディベア

 ぴんぽ~ん! 玄関のチャイムが鳴り、


「はい」


 そう返事をして出てびっくりした。


「あの、よろしくお願いいたします」


 そう言って、一匹のテディベアがぺこりと頭を下げたからだ。


 これは夢? 

 それともドッキリ?

 一体誰の仕業だ? 

 私は数名の友人の顔を思い浮かべた。


「あの、えっと、ご要望のこの格好で来たんですが……」

 

 テディベアは申し訳無さそうにそう言うと、私の目の前でくるっと回ってみせた。


「えっと……」


 どう言っていいのか分からない。


「立ち話もなんだし、とりあえず、入る?」

「はい」


 あまりの訳のわからなさに、思わずそのクマのぬいぐるみを部屋に上げてしまった。


「お邪魔いたします」

「はい」


 ワンルームの小さな部屋。その真ん中に置いた小さなテーブルの向かい側に座り、私とクマはお見合いのように黙って座る。


「うーん」


 思わず声が出てしまう。


「えっと、あなた、何?」


 間の抜けた質問だけど、こういう時に人ができるのはそのぐらいだと思う。


「えっ、何って、前に連絡させてもらったモルフォ星系からの、こちらからだとワーキングホリデーでしたっけ、それでお世話になるラルラです」

「へえっ?」

 

 とても本当の話とは思えないようなことを目の前のクマ、自己紹介によるとラルラなるテディベアが言い出した。


「えっと、もうちょっと詳しく説明してくれる?」

「はい」


 ラルラが言うところによると、モルフォ星系のラルラたちはいわゆる宇宙人という生物なんだが、


「精神体って分かりますかね? その、体を持っていない生物なんです」


 とのことだった。


 それで、地球を含むあっちこっちの星と連絡をして、その星のことを勉強する「留学」や「ワーキングホリデー」でその星の肉体を模して滞在することがあるのだそうだ。


「へえ~」


 そんな返事しかできない。


「そんで、なんで私のとこに来たわけ?」

「え?」

 

 ラルラが、テディベアが驚いて目を丸くする。


「え、だって、通信してお願いして、受け入れてくれるというお約束だったので来たんですが」

「いや、聞いてない」

「ええっ!」


 今度はラルラがびっくりする番だった。


「そんな、だってですね」

 

 と、なんか手元で見えない何かを、おそらくこっちだとスマホでも触るような感じなのかな、なんか操作して、


「ほら」


 そう言って空間に何かの画面を見せてくれた。


「これ、こちらの言葉に翻訳していますので読んでください」

「うん」


 私は大人しくずらっと並んだ文章を読んだ。

 

 正直めんどくさい。なんでがっこのレポートが終わったばっかりなのに、またこんな文章を読むはめに、本当めんどくさい。


 そう思ったら、


「あ、じゃあ、こうしましょう」

「へえっ!」


 そう考えた途端、文章がずらずらーっと頭の中に入ってきた。


「元々が精神体ですから、私もこちらの方が楽なんです」

「なんだ、そんな方法があるならもっと早くやってよ」


 よく分かった。

 ラルラはワーキングホリデーにこの星のこの国のこの部屋の人間と約束をして、その人が言った、


「そんじゃテディベアになってきてよ」

 

 との言葉でこの形になる勉強をしてやってきたのだということだ。


「でもこれ、私じゃないし」

「でも住所はここで間違いないですよね」

「うん、でも、あーなんか思い出した」


 ラルラは私の思考を読んだようで、


「ええっ、そんなあ~」

 

 そう言うとへな~っと、落としたぬいぐるみみたいにへたれてしまった。


 実はこの部屋、前の住人があまりよろしくないお薬をやってたとかで、ある施設に入れられてしまったのだ。


「そういう事故物件だから家賃安くていい」


 そう言われて昨年の春に私が入居し、もうすぐ1年になる。


「まあ、そういうわけだからさ、申し訳ないけどその人のところ行くか、他の人のところ行ってくれるかなあ」


 私が申し訳なさそうにそう言うと、


「でも、僕、今度のことで貯金全部使ってしまって、今からどこかに行くとか無理で」


 ラルラが半泣きになってしまった。


「どうかこのままこのお部屋にお世話になるわけにはいきませんでしょうか」

「ええっ!」


 えっと、なんか分からないけど宇宙人と同居ってこと?


「いや、無理無理無理無理!」

「そこをなんとか!」

 

 そういうやりとりを繰り返してるうちに、私はなんだかこの宇宙人が気の毒になってきてしまった。なんといっても見た目はクマのぬいぐるみで、あんまり抵抗ない形だし。


「えっと世話するって、何すりゃいいの?」

「はい、僕をあちこち連れってくれればいいんです。あっちこっち見学させてもらえばそれだけで」

「そんだけ?」

「はい」

「んーと……」


 なんか、そういう商売見たことあるな。実際に旅行行けない人の代わりに預かったぬいぐるみに旅行させるとか、他にも映えの空間に自分のお気に入りの人形とか持っていって、自分の代わりにして写真撮るとか。


「分かりました、私も地球代表としてその人の代わりに責任ある気がしてきた」

「では!」

「うん、そんだけでいいんならなんとかする」

「ありがとうございます!」


 ってことで、とりあえずSNS始めてみたんだけど、よかったのかな、こんな宇宙交流で。

 まあいいか、もしかしたら、私が普段見てるSNSにも同じ人いるかも知れないしね。

 深く考えた方が負けな気がしてきた。

 

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わんこのおもちゃ/ねことかわうそ/ご要望のテディベア(KAC20232参加作品) 小椋夏己 @oguranatuki

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