ねことかわうそ

「ねえねえ、このぬいぐるみかわいいと思わない」


 数年の間中止になっていたけれど、今年ひさしぶりに開催された会社の日帰り社員旅行、帰り道にバスが立ち寄ったサービスエリアで、同僚で親友のマユカが一匹のかわうそマスコットを手に取ってそう言った。


「前にご当地にゃんこの根付集めてたよね、今度はこれどう?」


 目の前にはごきげんそうに片手にタコを持ったかわうそが、


「僕を連れてって」

 

 と、マユカがアフレコする声に合わせて揺れていた。


 私は思わず笑いながら、


「いいよ、やめとく」


 そう言うと、


「え、なんで、かわいいじゃん。私こっちの柴犬買うからかわうそ買おうよ」


 と、さらに勧めてくるが、


「いやあ、なんか、もう顔のついてるのを家に入れないようにしようかな、と」

  

 そう言うと、意味が分かったのか、


「そうか。いやあ、残念だなあ。私は柴犬買うわ」


 と、マユカはかわうそを置いて柴犬を買いに行った。


 マユカは私の事情をよく知っている。

 昨年、私は半同棲状態だった恋人と別れた。その恋人と旅に行くと買っていたのが、さっきマユカが言っていた「ご当地にゃんこの根付」だった。

 その土地その土地の名物を片手に持ったにゃんこの根付、壁にかけたコルクボードにずらっと並んでるのを遊びに来たマユカが見て、その由来にずいぶんと冷やかされたものだ。


 何しろ長い付き合いだった。そして付き合い始めたきっかけもその根付だった。


 中学の時、遠足で行った先で、たまたま同じにゃんこの根付を買って、それを私はカバンに、彼は家の鍵につけていた。


「あそこで買ったの?」

「うん、かわいくて」

「俺も」


 そんなことから始まったかわいい恋、中学2年から大学を卒業して就職してからの3年と、合計12年、お互いの家を行き来して、家族ぐるみでお付き合いを続けていた。

 どちらの家族も私達が結婚するものとばかり思っていたのだけれど、昨年、私達はその関係を解消した。

 理由は大したことではない。同じ方向を向いて歩いていると思っていたけど、少しずつ角度が違って、この先もずっと歩いていける関係ではなくなった、それだけのことだった。

 どちらかが浮気したとか、何か問題を起こしたわけではない。ただ、このままもしも結婚したとしても長くは続かないのではないか、お互いにそう思っていることが分かったので恋人をやめたのだ。


 円満に別れたので今も連絡を取り合ったり、互いの家族とも交流がないこともないが、部屋に飾ってあったにゃんこの根付、これだけは見ているのがつらくて、かといって捨てるのもかわいそうで、そういうのを買い取ってくれる業者に売ってしまった。


 今、私には特定の関係の人はいないし、壁にはすっきりと何もなくなってしまった。


 そうしてサービスエリアを出発し、バスは無事に会社へと到着した。


「みんな、ひさしぶりの社員旅行はどうでしたか?」

「はあ~い、楽しかったです」

「社長、今度は海外でお願いしま~す」

「そんな予算あるもんか!」


 社長の言葉にそう言って社員がつっこみ、笑いが起こった。

 そう大きくない会社、でも人間関係は円満だからこそのじゃれ合いだ。


「まあ冗談はさておき、元気に家に帰るまでが遠足、じゃなくて社員旅行です。それから、明日は日曜日、1日ゆっくりと体力回復して、元気に月曜日にはまた出勤してください。それでは解散!」

「ありがとうございました~」


 そうして社員旅行はお開きとなった。


「そんじゃ今日はもう帰る?」

「うん、まっすぐ帰る」

「そうか、家に帰るまでが遠足だもんね、ケガしないうちに帰るか」

「そうそう」

「そんじゃ、また月曜日に会おうね、わん!」


 マユカがサービスエリアで買ったタコを持った柴犬を揺らし、手を振って私とは反対方向に帰って行った。


 これから私は一人暮らしの部屋に戻る。

 前なら彼と連絡を取って「今から帰る」と連絡してから帰っていたけれど、今日は一人であの部屋に帰る。しばらくは顔のついたものを部屋に入れる予定はない。


 そうして歩き出そうとしたら、


「あの、小野さん」


 後ろから誰かに呼び止められた。

 隣の係の小川君だ。仕事でちょこちょこと交流があり、時々立ち話しをしたりもする。


「はい?」

「あの、これ」

「え?」

 

 小川君が差し出したのは、あのサービスエリアで見ていたご当地かわうそマスコットだった。


「え、なんで?」

「いや、なんか買おうかどうか迷ってたみたいで、それで、なんか、小野さんに似合ってるな、なんて思ったもんで」

「ええっ」

 

 びっくりしながら素直に受け取ってしまった。


「かわいいですよね、それ」

「えっと、ええ、そうですよね」


 どう返事をしようか迷って、なんだか中途半端な返事になってしまった。


「あの、僕も買ったもんで、あの、おそろいってなるの嫌じゃなかったらもらってください」


 そう言って自分ももう一匹のかわうそを見せてくる。


「あの、小野さんだけじゃないんです! 俺、姪っ子がいるからその姪にも買ったし、それで、そのついでってわけじゃないけど、なんか見てたし」


 そう言ってなんとなく恥ずかしそうにしている小川くんを見ながら、また家の中に顔のついたものを入れることになるのかな、なんとなくそんなことを考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る