わんこのおもちゃ/ねことかわうそ/ご要望のテディベア(KAC20232参加作品)
小椋夏己
わんこのおもちゃ
「はるちゃんって、本当に怒らないよね、名前のはるみたいに、本当にいっつも春みたい」
と、会社のお昼休み、一緒にお弁当を食べていた先輩が呆れたようにそう言った。
「いやあ、怒らないわけではないですよ」
私は半笑いでそう言うが、先輩が言ってる意味も分かるような気がする。
うちの課の課長は最悪だ。気分屋で手柄は自分のもの、失敗は部下のもの。セクハラモラハラ気質で絵に書いたようなやな上司の代表みたいな人だ。
その課長が昨日、ミスを私のせいにして他部署に謝らせたのだ。もちろんミスをしたのは課長。
「昨日のあれ、私だったらそんな落ち着いた顔とってもしてられないけどなあ」
「ほんとほんと、私も前にやられた時、あったまきて、何日か飲まずにおられなかったもの」
昨日のことで、私を慰めようとしてくれてるのよね、先輩たち。ありがたい。
「でもさ、ほんと、なんでそんな穏やかにしてられるの? なんかコツある?」
「コツっていうか、趣味があるからそれで気分転換してるからかも」
「気分転換? 何?」
「手芸です」
「へえ、どんなの作ってるの?」
「えっと、昨日はこれ作りました」
スマホの画面に昨日の作品を出して先輩たちに見せた。
「ぬいぐるみ?」
「はい。と言っても、犬のおもちゃですが」
今度はうちのわんこ、まろんと一緒に写ってる写真を見せる。
「かわいいね、犬飼ってるんだ」
「それで、いっつも手作りのおもちゃ作ってるの?」
「はい。買ってもすぐにだめにしてしまうので、適当に作っておもちゃにしてます」
「かわいいね~」
「でも、手作りだから顔とかちょっといがんでて」
「いいじゃない、どうせわんこがだめにしちゃうんでしょ」
そう、私のストレス解消、腹が立った時の気分解消はこのぬいぐるみ作りだ。
昨日も帰り道、いつもの手芸屋で投げ売りの端切れを買って帰り、さっさと作ってまろんに与えた。
「今年の干支のうさぎにしよう。目はちょっと吊り目で性格悪い感じ、鼻もぼてっとつぶれたみたいに。そして口、これが一番の特徴、片方だけちょっと上がって、これが一番腹立つのよ!」
ぐさぐさと大きな縫い目でモデルの顔を思い出しながら作っていく。
「できた、まろん、ほら、新しいおもちゃだよ、名前は課長ね」
そう、私が作っていたのは課長の特徴をくっつけたぬいぐるみ。だからかわいくなくて正解なのだ。
こうしてまろんに与えると、すぐに噛みついてぐちゃぐちゃにしてしまう。課長と名付けたぬいぐるみがボロボロになっていくのを見るのはとっても爽快!
まろんはうれしそうに「課長」を振り回し、よだれまみれにしていく。
本当は呪いの
呪いのために作ったぬいぐるみではない。あくまでボロボロになっていくのを見てスッキリするつもりで始めたことだったけど、なんだか最近不思議なことがちょびっとある。
この前は今回以上に腹が立ったので、頭が薄い課長にもっと似るようにと、カッパのぬいぐるみを作った。
そうしたらまろんがいつもとちょっと違う形状に、面白がったか嫌がったか分からないけど、頭のお皿、課長のバーコードの部分に噛みついて振り回してはがしてしまった。そのついでに首もちょっとバキッと折れたりして。
そうしたら、その翌日、課長が頭に包帯巻いて、首にもコルセットを巻いて出勤してきたのだ。なんでも、車を車庫入れする時にぶつけてしまったって。
まあ、さすがに偶然よね。私には人に呪いをかけたりする能力ないもの。
そんなことを思いながら先輩たちと新しい「課長」の写真を見ていたら、
「へえ、器用だな。うちの犬もすぐおもちゃをボロボロにしてしまうんだよ。うちの子にも適当にちゃちゃっと作ってくれる?」
後ろから課長のゾッとする声がして、馴れ馴れしく私の肩に手をかけてきた。
先輩たちは少し身を引いて嫌そうな顔になってる。
「ええ、いいですよ。適当でいいんですよね」
「ああ、頼んだよ」
課長は肩に置いた手をうねうねと動かした上で、ぽんぽんと気安そうに叩いてから行ってしまった。
「ちょっとちょっと、本当に作ってやるの?」
「ちょっと人良すぎ、はるちゃん」
「それに何? 犬がボロボロにするの前提で、しかもちょちょっと適当に作れ? はあ?」
「厚かましく人に物頼むやつってそういう言い方するよね!」
先輩たちは心底憤慨しているようにそう言うが、私は心を込めて作ってあげようと思っていた。
「はるちゃん、本当、断ったほうがいいよ」
「そうよ、あいつ厚かましいからそれ壊れたらまた次作れって絶対言ってくるって」
「うん、断りな」
先輩たちはそう言うけど、私は心を込めて作ろうと思っている。
これまで以上に課長の特徴を捉えたぬいぐるみ、そうそうカッパがいいかな。
「大丈夫です、今度の一回だけにしますから」
今朝、まろんが噛んでちぎってしまったのと同じ箇所、そこに包帯を巻いていた課長の右手を思い出しながら、私は先輩たちにニッコリと笑った。
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