「鬼部長と熊野くん」‥KAC20232‥ぬいぐるみ

神美

厳しい存在と癒やしの存在

 この会社には異様な存在が二人いる。


 一人は今、崇め奉るべき御所的な――離れた位置にある部長デスクから、デスクワーク中の社員達に厳しい目を向ける人物だ。

 冷酷無比、優しさなし、容赦なし、笑顔なし。そんなことから影で「浄瑠璃人形」というあだ名で呼ばれる鬼部長だ。


 この部長、性格こそ残念だが。まだ若く、長身でイケメン、仕事は完璧というハイスペ人でもある。それが非常に悔しいと思う反面、能力があってちょっとうらやましい。優しさを微量でも見せてくれたら好感が持てるのに、といつも思う。


 今日も部長は浄瑠璃人形ばりの無表情だった。

 

「そこの計算が違う」

「この書類、文章が変だ」

「服に埃がついている」


 ……など、小言もたくさんだ。

 自他ともに厳しい部長は仕事に妥協を許さないし、ちょっとの服装の乱れも見逃さない。


「毎日毎日グチグチ……聞いてよぉ、熊野くん」


 息抜きに給湯室に向かった。

 そこには、この会社で二人目?……の異様な存在がいる。首にネクタイをしめた彼の名は熊野くん、という。フワフワで触り心地抜群の毛、つぶらな瞳、大きな手足、2メートルはある高身長。


 その正体はビッグサイズのテディベアだ。


 会社になぜクマ? それはここに勤めた人、誰もがそう思う。

 だが勤めていくと、この熊野くんのありがたみを誰もが感じていく。

 仕事でミスした時、うまくいかない時、部長に小言を言われた時。

 熊野くんはいつも笑顔で愚痴を聞いてくれるのだ。

 当たり前だが抱きついても怒らないから。疲れた時は、そのフワフワの毛を堪能させ、癒やしてくれる……まさにみんなのアイドルだ。


 しかし抱きついている時、いつも気になることがある。熊野くんは長年在席しているのに、いつもきれいだ。それに石鹸のような、いい匂いもする。


 なぜだろう、清掃員の人が?


 その理由はとんでもないことが発覚した。

 早番の日、コーヒーを飲もうと給湯室に行くと先客がいた。

 思わず中に入らず、外から様子を見ていると、それは部長だとわかった。

 部長が熊野くんを前に、手に持っていたのは白くて清潔そうな雑巾と柔らかそうなブラシ。


 部長はそれで優しく、熊野くんをブラッシングしていた……それはそれは衝撃的な光景だった。熊野くんの手入れをしていたのが、まさかの部長だったとは。


「……今日もよろしくな」


 あの部長が熊野くんに話しかけている。

 それは優しさを見せられない己の代わりに社員を癒やしてくれという、部長の優しさだった。


 この会社はいい会社だ。

 社員に厳しい指導と、ほんわかした癒しのテディベアを置く、そんな部長が存在する、いい会社なのだ。

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