ふわふわ集会

蒼雪 玲楓

闇夜の集い

 ぽてり、ぽてり。


 月の光も、星の光もない、本当に真っ黒な暗闇にどこかから響く足音。

 それは人の足音にしては軽く、街の喧騒に消えてしまいそうなくらいにとても小さい。

 固い靴が地面を踏みしめて奏でる音とは真逆の柔らかな足音。


 その小さな足音はどこかへと向かって進んでいく。

 足音の大きさと同じように歩幅も小さいのかその足取りはとてもゆっくりとしたものだ。

 しかし、ゆっくりながらも歩を進めていくとどこか別のところから似たような音が聞こえてくる。


 その音は徐々に集まり、大きくなっていく。

 音の主が開けた場所に出れば、どこからともなくその場所に繋がるありとあらゆる暗闇から何かが姿を現す。

 それは様々な姿をしていた。人の形をしているものから猫や犬、どうやってこの場所までやってきたのかわからない魚、はてはそれは生き物なのかもわからない姿のものまで。

 まさに多種多様、という言葉がぴったりな集まりだがとある全員がたった一つの共通点を持っていた。


 ―――それらは柔らかな体を持っていたぬいぐるみだった


 この場所は何の因果か意識を持ってしまったぬいぐるみたちの集会所。

 普段は思い思いのタイミングでこの場にやってくるのだが、今日という日は違う。

 月に一度新月の日にだけ行われる大きな集会 ――否、祭りの会場だった。

 なぜ新月の日なのかと言えば月の光がなければ暗闇も増えぬいぐるみが動いていても気づかれにくいのではないか、そんな考えが発端だったと言われている。

 とは言っても、そんな起源もすでに昔の話だ。


 いつの頃からかぬいぐるみ達にとって周知となった月に一度の大集会。この日は数えきれないくらいのぬいぐるみがやってくる。

 そこで行われるのはことも同種のぬいぐるみたちのじゃれあいから自分の持ち主たちの自慢やその愚痴の語り合い、普段自分が知らない場所にいたり自分とは違う体の構造をしている相手から話を聞いたりと多岐にわたる。


 普段は意思を持たない物としてふるまう者たちの裏の顔、とでも言えばいいのだろうか。

 自分を隠し続けているからこそ、それを発散できるこの場にはなんとしてでも来るという者も多い。自分の持ち主に、あるいはその他の誰かしらの人間に見つかるリスクを負ってでも来る、というのだから自分と同じ立場の同士がいるということの魅力はとても大きいのだ


 そんなぬいぐるみ達の織り成す喧騒は夜が更けるにしたがって次第に大きくなっていく。

 それが『暗闇から響く音』と呼ばれ人間たちの間で都市伝説として流行った頃は常に話題の種となっていたらしい。


 様々な盛り上がりも頂点に達してしばらくした頃、誰かが呟く。

 ……光だ、と。


 それはこの集いの終わりを意味するものだった。

 この集いは夜の間のみ。誰かが朝日を観測した時点で終わりとすること。その終わりには虚偽も隠蔽もあってはならない。起源が伝えられるのと同様に語り継がれる終わりの取り決めだった。


 それに合わせて一人、また一人と減っていく暗闇へと姿を消していく。

 ものの数分でそこにはさっきまでが嘘だったと思えるくらいの静寂だけが残る。


 こうして人間に見えるけど見えない、そんな世界で暮らすものたちの小さくも大きい集まりは繰り返されるのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふわふわ集会 蒼雪 玲楓 @_Yuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ