我が家のリビングにはでかい猫のぬいぐるみがある。
石動なつめ
第1話
我が家にはでかい猫のぬいぐるみがある。触りの良い三毛猫のぬいぐるみだ。
ぬいぐるみは、いつもリビングのソファーの上に、ででんと鎮座している。
私が物心ついた頃にはすでにあったので、たぶん両親のどちらかが買ったものなのだと思っていた。
なので、ある時母にふっと尋ねてみると、
「ああ、これはね、どこからともなく歩いて来たのよ~」
なんてのんきな声で、大変不気味な言葉が帰って来た。
可愛いわよねぇ、なんて微笑ましそうな顔で猫を見る母よ、待ってくれ。
どう考えてもホラー案件である。今の話に可愛さなんて欠片もなかった。
その日から私は、猫のぬいぐるみを純粋な目で見れなくなった。
ただホラーと称したものの、不思議と怖いという感情は湧かなかった。
何だろうこれ、という気持ちの方が強かったからかもしれない。
学校から帰って来た私は、猫のぬいぐるみを観察する事が増えた。
母の言葉が本当だとして、このぬいぐるみが歩いてやって来たのなら、たぶん動くのだろう。
動くかどうか見てみたい。
好奇心は猫を殺すという言葉があるが、今の私はそうなる可能性がある。
けれども、それでも好奇心は隠せない。
帰宅した私はじっとぬいぐるみを見つめ続けた。
一日目は動かない。
二日目も動かない。
三日も四日も動かない。
そうして十日過ぎた頃に、やっぱり母の与太話だったのではないかと思うようになった。
それでも観察は続けてみた。
一カ月、ずっと猫のぬいぐるみを見続けていると、ようやくその日はやってきた。
夕焼けが部屋の中を茜色に染め上げた頃だ。
いつものように猫のぬいぐるみの真正面に座ってじっと見つめていると、
「…………そんなに見つめられると、恥ずかしいニャ」
猫のぬいぐるみは手で顔を隠し、そうしゃべった。
動いた。しかもしゃべった。
「勝った……!」
ホラーなんて認識はすでに消え去っていた。そこにあるのはただただ達成感だけだ。
動かぬなら、動くまで待とう、ぬいぐるみ。
戦国武将さながらの台詞を頭に浮かべながら、私は天に拳を突き上げた。
我が家のリビングにはでかい猫のぬいぐるみがある。 石動なつめ @natsume_isurugi
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