呪いの人形?

神在月ユウ

呪いの人形?

 わたし、うさぎのミミちゃん。

 いつもかわいがってくれる、マミちゃんに抱かれて、わたしはお散歩中。マミちゃんのママも一緒だよ。

 わたしはいっつもマミちゃんと一緒。

 朝起きてから、幼稚園に行く前まで、マミちゃんに抱かれて。

 幼稚園に行く時間になって、わたしと離れるのが嫌で、マミちゃんは泣いちゃって、いっつもわたしが慰めてあげるの。

 幼稚園から帰ってくると、マミちゃんは一目散にわたしのところに来て、抱っこしてくれる。

 一度、お風呂に一緒に入ったら、「ぬいぐるみは水の中に入れちゃだめ」ってマミちゃんのママはすっごく怒ってた。落ち込んだマミちゃんを、わたしは湿った体で慰めてあげたっけ。


 やって来たのは、お寺。

 マミちゃん、こんなところに遊びに来たのかな?

 嬉しそうじゃないな。元気ないな、マミちゃん。

 

 マミちゃんのことを心配していると、坊主頭の男の人がやって来た。

「昨日お電話した、川崎です」

「こちらのぬいぐるみ、ですか」

 わたしはマミちゃんの手からママに、そして坊主頭の男の人に渡された。

「よろしく、お願いします。もう、気味が悪くて」

 気味が悪い?わたしが?

「どうか、お願いします」

 ママは深々と頭を下げた。

 マミちゃんはぐずるが、ママに手を引かれて行ってしまった。

 わたしは男の人に連れられて、お堂横の小屋に連れていかれた。



 小屋の中には何段もの棚がしつらえられていて、大小さまざまな種類の人形やぬいぐるみが鎮座していた。

 わたしはその中の中段、一番端に置かれた。

 男の人が去り、扉が閉まる。


『よう、新入りか』


 誰かが声をかけてきた。

『誰?』

 わたしは驚き、周囲に視線を巡らせる。

『オレだよ』

 それは、隣に座るクマのぬいぐるみだった。

『オレはマドレーヌってんだ、よろしくな』

『男の子なのに、マドレーヌ?かわおいしそうなお名前ね』

『知るか。持ち主がそう名付けたんだ。てか、かわおいしそうって初めて聞いたぞ』


 ずいぶん親しみやすい人柄みたい。ぬいぐるみだけど。

『わたしはミミ。ここは、どこなの?』

『ここは、訳ありの人形やぬいぐるみを供養する、通称人形寺だ』

『え、どういうこと?』

『お前、捨てられたんだよ』


 マドレーヌの言葉に、わたしは言葉を失った。

 マミちゃん、わたしのこと、あんなにかわいがってくれてたのに。

 ママには、嫌われてたのかな。


 マドレーヌと話していると、扉が開いた。

 心なしか、この場が緊張した気がする。

 坊主頭の人が入ってきて、わたしとは反対側の人形たちをいくつか、木箱に入れていく。

『いやだぁ!』『やめてぇ!』『連れてかないで~!』

 悲鳴が上がるけど、坊主頭は構わずに人形たちを入れた箱を持って外に出ていった。

『彼ら、これからどうなるの?』

『お焚き上げだよ』

『お焚き上げ?』


『ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――!!』


 外から、いくつもの悲鳴が聞こえた。さっき連れていかれた人形たちの声だ。

『何をされているの?』

『焼かれるんだよ。生きたままな』

『焼かれる!?』

 なんてことだろう。ここは処刑場か。

『逃げないと!』

『オレたちは自力じゃ動けねぇだろうが』

『助かる方法はないの?』

『ひとつだけある』

『どうすればいいの?』


『呪いの人形になるしかない』


 呪いの人形になる?

『え?でも、わたしたちはその呪いの人形だからここに来たんじゃないの?』

『全員が全員じゃねぇ。古くて捨てられただけのやつもいる。いや、その方が多いかもな』

『でも、呪いの人形なんて……』

『例えば、髪が伸びるとか、ひとりでに動くとか、喋るとか』

『いや、喋ってるじゃない、わたしたち』

『人間には聞こえてねぇんだよ。聞こえてるのは同じ人形やぬいぐるみの間だけだ』

 そうだったのか。さっきの坊主頭、泣き叫ぶ声に表情一つ変えずに連れていくなんて、てっきり血も涙もないひどい人間だと思ったけど、単純に聞こえてなかっただけだったんだ。

『でも、なんで呪いの人形だと助かるの?』

『呪力の宿った人形は、しばらくの間安置されて、その力を鎮めてからお焚き上げするんだ。ここに来た人形たちは、数日間ここに安置された後に、順番に焼かれるんだが、呪われていると判断されると、さらに長い間、力を鎮めるために安置され続けられるんだ』

『死刑が終身刑になるってことね』

 一時的な延命でしかないかもしれないが、今ある希望はこれだけらしい。

 わたしは意気込むが、マドレーヌはとても冷めた調子だ。

『とはいえ、そんな簡単に呪いの人形になれるわけもねぇ。所詮は夢物語さ』

 ここはまさに、死刑を待つ、拘置所だ。

 数日後にやってくる、処刑日に震えながら、お焚き上げ火刑を待つ。

 気が狂いそうだ。

『せめて、もう一度だけでも、マミちゃんに抱っこされたいな』

 わたしは溜息交じりに呟いた。

『あんた、持ち主には愛されてたんだな』

『うん。マミちゃんはわたしにべったりで、わたしはマミちゃんとずーっと一緒にいたの』

『そうか……』


『ママに押し入れに仕舞われちゃったときも、会いたいな~、って念じてたら、いつの間にかマミちゃんのお部屋にぴょん、って跳んでったんだよ』


『……え?』

 なんだか、場の空気がおかしくなった気がする。

 わたし、変なこと言った?

 そんなわけないよね?

『みんな、やらない?』

『いや、できねぇよ!』


『あと、マミちゃんが泣いてるときはね、わたし自慢の長い耳で、頭をポンポン、って撫でてあげるの』


『……え?』


 また、変な空気になった。

『手じゃなくて耳で撫でるの、そんなにおかしい?』

『そこじゃねぇ!』

 マドレーヌはさっきからうるさいなー。


『パパがマミちゃんを叩いたとき、いじめちゃだめ!、って強く念じたらね、パパは急に胸を苦しそうに押さえて、倒れ—――』

『はいアウトォ!』


 マドレーヌはさっきからうるさいなー。

『どうしたの、さっきから?』

『お前普通に呪いの人形じゃねぇか!』

 なんか変なこと言われた。

『わたし、別に呪われてないよ?』

『むしろ呪う側だよ!ひとりでに移動して、ひとりでに体動かして、おまけに人を呪い殺そうとしてんじゃねぇか!どう見ても呪いの人形だよ!』

『パパ、倒れた後、死んじゃったよ?』

『ここにきて「殺そうとした」じゃなくて「殺した」って訂正することねぇだろ!どっちにしろ呪いの人形に変わりねぇよ!』

 どうやら、わたしは呪いの人形みたい。

 へー、わたしって、そうなんだ。


『ちょっと、試してみるね』

『え、何を……』

『むむむむむむむ……!』

 わたしは強く、強ーく念じる。


「じゅ、住職!どうしたんですか、しっかりしてください!」

「誰か来てくれ!住職がいきなり倒れた!」


 外が騒がしくなった。

『おい、お前、何した……?』

『ほんとに呪えるか、試してみたの』

 小屋の中がざわついた。

『次ね。むむむむむ…………!』


「早く救急車を―――うぅっ」

「おい、どうした、おい!ぐ、胸が……」


『なぁ、お前、何した……?』

『残り二人も成功みたい』

『連チャンで気軽に呪い殺しやがった!?』


 小屋の中がざわめいた。

『もしかして、助かったのか、僕たち』『もう焼き殺されずに済む?』

 他の人形たちが、口々に困惑と希望を口にする。

 わたし、すごいことしたみたい。


 これなら、わたしマミちゃんのところにも帰れるかもしれない。

『わたし、マミちゃんのところに帰ってみるね。マドレーヌ、いろいろ教えてくれてありがとう』

『お、おう……』

『むむむむむむむ……!』



 ぴゅん、とうさぎのぬいぐるみは小屋の中から消えた。


 クマのぬいぐるみのマドレーヌはミミのいた場所を見て、呟いた。

『呪いの人形、こえぇ』

 小屋の中の人形たちも、激しく同意した。




  *   *   *



「ママー、ミミちゃん帰ってきた~」

「何言ってるの、そんなわけないでしょ」

 マミちゃんの嬉々とした声に、ママはため息交じりに振り返る。

「—――え?」

 そして、口を大きく開けて、言葉を失ったみたい。

 わたしを抱いているマミちゃんを見て。

『ただいま、マミちゃん』

 わたしは数時間ぶりのマミちゃんを見上げ、


「ただいま、ママ」


 ママにもしっかりと、ただいまの挨拶をした。

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