ぬいぐるみを追いかけた先で

双瀬桔梗

ぬいぐるみを追いかけた先で


 踊るぬいぐるみ。


 かわミナがそのトレンドワードを目にしたのは、今から約二時間前である。

 秋葉原へ向かう電車の中でSNSを見ていたミナは、クルクル踊りながら移動するぬいぐるみの動画を目にして、少しワクワクした。魔法か、異世界の住人か、正体がなんであれ、ファンタジーな出来事が起こっているかもしれない。そんな妄想をしたものの、実際は合成か何かだろうと現実に戻ったところで、目的の駅に電車が到着した。




 秋葉原でミナは好きなアニメの展示会を見て回り、よく行くお店をいくつか巡った後、ゲームセンターに立ち寄る。クレーンゲームでなんとなく気になった景品を取り、外に出ると、一人の少女が目に留まった。

 漆黒のゴスロリドレスを身に纏った、紅い瞳の少女。長いキレイな銀髪は、ターコイズ・ブルーのリボンでツインテールにしている。年齢はミナと同じ高校生か、もしくは彼女より小柄であるため、中学生くらいかもしれない。

 幼く美しい顔立ちのその少女は何かを探しているようで、キョロキョロと辺りを見渡しながら、ミナの前を通り過ぎる。

「あの……! 何かお困りッスか?」

 少女の目頭に涙が溜まっているように見えたミナは、思わずその小さな背中に声を掛けた。突然の事に驚き、立ち止まった少女が振り向くと、やはり今にも泣きそうな瞳と目が合う。

「べ、別に、何も困ってなどいないですわ……」

 少女は指先で涙を拭うと、ツンとした態度でそっぽを向く。

「でも、泣きそうな顔で辺りを見渡していたから……もしかして、迷子かなって思ったんスけど」

「な……! わたくしは八十八歳の大人なんですのよ。迷子だなんて……子供扱いしないでください!」

「へ……? それって……合法ロリってやつじゃないッスかー!」

 胸を張って大人だと宣言する少女に、ミナは最初キョトンとした。しかし、少女の言葉を疑わず、真っ先に出てきたセリフがコレだ。おまけに、少女の見た目も口調も、どことなく感じる女王様気質とツンとした態度も全部、であるため、歓喜している。

 この少女を。そんな気持ちが今にも爆発しそうになり、ミナは深呼吸してなんとか自分を落ち着かせた。

 少女はミナの言葉に困惑し、わずかに後退っている。小動物が警戒するような少女の表情に、ミナは安心させようとニコッリと笑う。

「あの、それでやっぱり何か困ってるッスよね?」

「ですから、何も困っていないと言って――」

「でも、泣きそうな顔してたじゃないッスか。迷子じゃなくても、放っておけないッスよ。ジブンに何か出来る事ってないッスか……?」

 ミナは焦げ茶色の瞳で真っすぐ少女を見つめ、優しく微笑みかける。彼女に瞳を覗き込まれた少女は、なぜか突き放せなくなり、再び泣きそうな顔になった。

「……大切なぬいぐるみが、どこかに行ってしまって……いくら探しても見つからないんですの。……れい御母様が作ってくれた、大切なぬいぐるみなのに……」

「そうだったんスね……よし! ジブンも一緒に探します!」

 ミナの言葉に、少女は首を振る。

「出会ったばかりの貴方に迷惑をかける訳には……」

「迷惑じゃないッスよ! ジブンがただ一緒に探したいだけッスから」

「でも……」

「ここで会えたのも何かの縁ってことで、協力させてほしいッス。でないとジブン、気になってずっと眠れなくなってしまうッスよ!」

「そ、それは駄目ですわ!」

 睡眠の心配を本気でしてくれる少女にミナはほんわかし、ふわりと笑う。

「はいッス。なので協力させてください。ぬいぐるみの見た目とか、どこに落としたとか、心当たりがあれば教えてほしいッス!」

「……ドレスを着た、女の子のぬいぐるみですわ。その……落としたのではなく、ぬいぐるみが……独りでに、どこかへ行ってしまったんですの……」

 少女は少し考えた後、重い口を開いた。ぬいぐるみの特徴ははっきりとミナに伝えたのだが、その後の言葉は口籠っている。

 普段なら、少女の言葉に首を傾げていたかもしれないが、今日に限っては心当たりがあったミナは、即座にスマホを取り出した。

「あの……探してるぬいぐるみって、もしかしてこれッスか……?」

 そう言ってミナは電車の中で目にした動画を、少女にも見せた。

わたくしが探しているぬいぐるみはこの子ですわ!」

 クルクル踊りながら移動する、女の子のぬいぐるみの映像を見た少女は、目を見開き、思わず叫んだ。少女の言葉を受け、ミナは踊るぬいぐるみの目撃情報を辿り、最新の投稿を見つける。

「丁度、この辺りでぬいぐるみこの子を見たって情報があったッス!」

 ミナは勢いで少女の手を取ると、そのまま駆け出した。少女は驚きながらも、ミナと共に走り出す。


 ミナと少女が目撃情報のあった公園に向かうと、待っていたと言わんばかりにぬいぐるみが時計の上に姿を現した。そして、少女とミナに手招きすると、動画のようにクルクル踊りながら、どこかに向かって動き出す。

 二人は慌ててぬいぐるみを追いかけた。ぬいぐるみはあまり目立たない道を通りながら移動し、時々、二人を気遣うように立ち止まる。

 少女とミナはぬいぐるみに誘われるままに、後を着いていった。




 どれだけ歩いただろう。途中、ぬいぐるみが休憩を促すようにしばらくの間、立ち止まったりしつつ、随分と遠いところまで来た。

 見知らぬ小高い丘の上に立つと、ぬいぐるみは動かなくなった。日は沈み、街灯の明かりがついている。

 少女はぬいぐるみを拾い上げ、ぎゅっと抱きしめた。ミナはほっとした顔で少女を見つめ、ふと空を見上げた。空には満月が浮かんでいて、星がキレイに輝いている。

「……ぬいぐるみこの子は、この空を見せたかったのかもしれないですわ。玲御母様の故郷である、この世界の星空を、わたくしが生まれた、この日に……」

 移動中、ミナは少女に関する話を、本人からいろいろと聞いていた。少女は異世界の住人だが、彼女の母親は今いるこの世界出身の人である事。母はこの世界に帰れぬまま、亡くなってしまった事を話してくれた。

 生前、「もう一度、あの星空を……今度は家族と一緒に見たい」と、言っていたとも。

 最近、ようやく異世界とこの世界を行き来できる装置が完成し、動き出したぬいぐるみがそれを使ったらしい。ぬいぐるみが動くようになった原因は、少女にとって兄のような存在であるである事までは分かっていた。だが、その男性が「ぬいぐるみの行動自体は、彼女の意志からだ」と言うものだから、少女は困惑する。ぬいぐるみの意図が分からず、ずっと不安だった。けれども、この満天の星を目にした事で、ようやく理由が分かり、安心できた。

 ぬいぐるみを強く抱きしめ、空を眺めていた少女は、不意に涙が込み上げてきたようで、泣きだしてしまった。ミナはオロオロしつつも、黄色のハンカチを取り出し、少女に差し出す。

「これ、良かったら使ってくださいッス」

「……ありがとうございます」

 少女は受け取ったハンカチで涙を拭き、「洗って返しますわ」と照れくさそうに言った。

「そんな、わざわざいいッスよ」

「借りた物はきちんとしたかたちでお返ししなければなりませんわ。それに……このハンカチを口実に、また貴方と……やっぱりなんでもないですわ!」

 少女の言葉にミナは始め、目をぱちくりさせたが、次第に頬が緩んでいく。

「別に口実なんてなくてもジブンはいくらでも会うッスよ! なんなら積極的に会いたいッス!」

「な……べ、別にわたくしは会いたいなんて一言も――」

「あ! そういえば、まだ名乗ってなかったッスよね。ジブンは樹乃川ミナです!」

「人の話は最後まで……あーもーなんでもないですわ。……わたくしはレジーナ・ツン・デーレ。ツン・デーレ・ヴェルトという名の、小さな国の姫ですわ」

「お姫様……ますます可愛いッス!」

 ミナは少女……レジーナがとして、好みのど真ん中過ぎる事に喜びを抑えきれず、とうとう本音を口にしてしまう。ミナの言葉にレジーナは顔を赤くし、「可愛くないですわ!」と叫んだ。

「ところでレジーナ姫、さっき今日が誕生日的なことを言っていた気がするんスけど……」

「えぇ、そうですわよ。ここに辿り着くまですっかり忘れていましたけど、今日が八十九歳の誕生日ですわ」

「あの、それならもし良ければこれ……誕生日プレゼントってことで受け取ってくれないッスか? クレーンゲームで取ったぬいぐるみッスけど……」

 ミナは背負っていたリュックから小さなウサギのぬいぐるみを取り出し、レジーナに差し出す。

「そんな……申し訳ないですわ」

「気にしないでくださいッス。欲しいとかじゃなくて、なんとなく……いや、なぜか無性に惹かれて取ったものなんスけど……今思うと、レジーナ姫にプレゼントするために、このぬいぐるみを取った気がするので、貰ってくれたらうれしいッス。好みでないなら、無理にとは言わないッスけど……」

 ミナにまた、あの真っすぐな瞳で見つめられ、レジーナはそっとウサギのぬいぐるみに手を伸ばす。

「ありがとう、ございます……お言葉に甘えて頂きますわ」

 レジーナはそっとウサギのぬいぐるみを受け取り、「かわいい……大切にしますわ」と小さく微笑んだ。二体のぬいぐるみを抱きしめるレジーナの姿に、ミナもうれしくなった。


 ミナとレジーナは顔を見合わせ、照れくさそうに笑い合うと、再び空を見上げる。それから少しして、二人は歩き出し、レジーナはミナを自宅まで送ると、「さよなら」と言って別れた。

 また会う約束を交わして。

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ぬいぐるみを追いかけた先で 双瀬桔梗 @hutasekikyo_mozikaki

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