第4話 先輩、乱入。
「…ふ、深溝…?」
初めての青春部のお客さんは、こんなジメジメした部室の空気を一瞬で吹き飛ばしてしまうような美しさを身にまとったあの深溝海音だったのだ。
…いや。いやいやいや。あの深溝海音だぞ?入学初日から教室のマドンナと(主に男子の中で陰で)注目を浴びている人気者深溝だぞ?絶対馬鹿みたいにややこしい問題とか持ち込んでくるに決まってるだろ?あーもうやだ、帰りたい…
そう頭の中でうだうだと考えていると、見かねた烏森先生が助け舟を出してくれた。
「で、深溝は相談に来たんだったな?遠慮せず話せばいいさ。何、おっさんが邪魔ならば出て行きますよ」
そういうが早いかそそくさと逃げるように教室を後にする烏森先生。絶対この空気感が嫌で逃げ出しただろあいつ。
何はともあれ。思春期真っ盛りな高1男女が教室で二人。…初対面だが。いやまぁ確かに俺は以前教室で深溝のこと見てるけど深溝は俺のほう見てないわけだし「対面」という意味では初めてでも間違ってないかなと思う訳で。つまり何が言いたいかというと、…死ぬほど気まずい。あのクソ教師ふざけんな。
暗く重たい空気が教室を支配している中、先に口を開いたのは意外にも最初のあいさつからこれまで一言も発していなかった深溝のほうだった。まぁ別に特段俺が何かを話していたわけでもないんだけど。
「えっ…と、『相談』…なんだけど…」
「あ、あぁ。聞かせてくれ」
「その…青春部には、私の友達作りを手伝ってほしいの…」
…は?友達作り?深溝ほどきれいな人なら、黙ってても男女問わず人が集まってくるだろう。それなのになんでまた…?…いや、なにか深溝なりの考えがあるのだろう。相談者の個人的部分には干渉しないのがマナーだろう。この「依頼」が、俺の、青春部の初陣だ。精一杯足掻くとしよう。
「あなたの『青春』、俺に手伝わせてください」
「…はい、お願いしますっ」
そう言って、深溝は小さく笑顔を見せた。少し見惚れてしまったのは、ここだけの話だ。
翌日。そろそろ高校の授業にも慣れてきて、最初にあったクラス内での緊張も徐々に解けてくる。そうして迎えた放課後、俺は足早に青春部の部室へと向かった。
昨日、深溝に相談内容を教えられた後、「細かい事情説明や作戦を練るのは明日にしよう」と言って下校した。つまり、今日は初めて青春部の部室に客人が来る。…昨日は予期してなかったからノーカンで。
だから、今日はあるものを持ってきたのだ。これさえあれば凍り付いた空気なんてさよならだぜふっふっふ。そう考えながら笑みをこぼしていると、
「なーにニヤニヤしてるんだい乙川君。迷子になりすぎて頭おかしくなっちゃった?」
俺の前に現れていきなり俺のことを貶してきたのは、何を隠そう桜本風那先輩だった。
「あ、桜本先輩。何してんすかこんなとこで。ってか、迷ってませんし頭おかしくもなってません」
「おい少年、嘘をつくのはよくないぞ?それと、苗字じゃなくて風那って呼んで?まぁ、友達にはさくらんぼとか桜桃とか馬鹿とかサクラカゼとか呼ばれてるけどねー。まったく、サクランボ率高くないかい?」
知らねぇよ。てか、サクラカゼとか誰も知らねぇよ。そいつオタクだろ、しかもかなり重度の。
「や、別に呼び方は何でもいいんですけど。何の用ですか?」
「んー、別に用なんてないよ?君がいたから来ただけ」
「はぁ、そうですか…。じゃあ俺部活行くんで。また」
「おいおい待ちたまえ少年。うら若き乙女を一人置いて自分はどこかに行こうってのかい?」
ちょくちょく出てくるそのキャラ何なんだよ。
「…つまり、何が言いたいんです?桜本先輩」
「風那ね。…暇だから私も連れてって―?」
ふざけんな。
「ふぅん、ここが青春部かぁ。通いづらいねぇ。ね、乙川君」
この先輩ほんとに付いてきやがった。
「あーうん、そっすね。…桜本先輩、俺今から大事な会議があるので、帰ってもらっていいすか」
「おうおう冷たいねぇ少年。…絶対黙ってるから私も見てていい?」
多分駄目って言っても帰らない気がする。
「…別にいいですけど。そのかわり、絶対黙っててくださいよ?」
「わかってるって。信頼と実績の風那先輩に任せなさいっ」
そういって、豊かに膨らんだ胸を叩く。
「信頼も実績もないですけどね。…っと、来たみたいです」
コンコン、と四回ノック音が鳴る。
「ん、空いてるから入ってくれ」
がらがら、と控えめに扉が開かれ、深溝が入ってくる。その目線が桜本先輩で止まり、深溝は俺に疑問気な目を向けた。
「あー、紹介するわ。この人は桜本風那先輩。青春部の見学だってよ」
「やっほー、よろしくねっ。私はいないものだと思って自由に話してくれていいからね」
「…は、はぁ…わかりました…」
微妙な空気が流れる。だから嫌だったんだよなぁ…。
しかし、今日はこんな時のために持ってきた秘密アイテムがあるのだ!
「深溝、…紅茶とコーヒーどっちがいい?」
「え?えっと…じゃあ、紅茶で…」
「あ、私も紅茶―!」
桜本先輩も飲むのかよ。まぁ烏森先生がいたときのために三人分持ってきてるからいいけどさぁ…。
俺は席を立ち、電気ケトルにスイッチを入れる。持ってきた紅茶はニルギリだ。癖のない甘さが特徴で、柑橘のようなさわやかな香りがする。
「ほい、どーぞ。熱いから気をつけてな」
「…ありがとう、ございます」
「ありがとー!」
俺は自分に淹れたコーヒーを一口飲んでから、口を開く。
「…で、深溝は友達が作りたいんだったな?」
「はい、そうです…」
「あー、深溝は中学時代の友達とかいないのか?てか中学校どこだ?」
「翠川中、です。友達はいません。というか、乙川さんと同じだったと思うんですけど…」
…マジかよ。申し訳ないけど、全く記憶にないわ。
「そ、そうか。それは悪かった。そうか、同中だったかぁ…」
一生懸命記憶の中から深溝のことを出そうとしてると、横から桜本先輩が口をはさむ。
「まぁ正直中学校なんてどこでもいいのだけれど。それより貴女、深溝さんだったかしら?友達が作りたいなら、手っ取り早く誰かに話しかければいいじゃない」
「あぁ、そうだな。んー、今崎とか稲葉とかどうだ、話しかけやすそうだけど」
ぱっと思いつくクラスメイトの名前を挙げる。あの辺はめっちゃ陽キャしてるし、社交性もあるから大丈夫だろ。
「あの、えっと、…はい、わかりました…」
「そうときまれば早速行動だな。とりあえず明日、クラスの誰かに話しかけてみ?俺が見といてやるから」
「はい、そうします…」
俯きがちに返事をする深溝。…緊張してんのかな。
「よし、今日できることは終わったわね?それじゃ、私は紅茶も頂いたし帰るとするわ。あ、乙川君、紅茶のお礼は今度するからねっ」
桜本先輩がそう言って出て行く。相変わらず自由だな…
「深溝。…帰るか」
「…はい」
静かな教室を、俺たちは後にする。まるで明日から始まる作戦の成功を願うかのように、明るい夕日が教室を照らしていた。
私立香流橋高校青春部! 燈幻桜 @cereso
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