あきらくん
篠原暦
ぼくは、ぬいぐるみのあきらくん
ぼくはぬいぐるみ。
ぼくは5年前、陽子さんにお迎えされた。
陽子さんは働くお姉さんだ。
ぼくたちぬいぐるみは、工場や売場で、誰にお迎えされるのか、みんなでこそこそ話したりしてる。
ぼくたちはたいがい、子どもがお迎えするから、陽子さんの手に取られた時、ぼくもみんなも、陽子さんのお子さんのためにお迎えされるのかと思ってた。
でも、違った。陽子さんにはお子さんはいなかった。
それどころか、ぼくはその日から、陽子さんの子どもの「あきらくん」としてかわいがられているのだ。
ちょっとびっくりだ。
陽子さんは、会社にこそぼくを連れて行くことはしないけど、帰ってきたら、ごはんも寝るのもほぼいっしょだ。
(おふろだけはえんりょしてる)
休みの日には、いっしょにお出かけもする。
ぼくはバッグの中でおとなしくするのがとてもうまいんだ!
陽子さんは「ぬい撮り」が流行ったのを、とても喜んでる。
大人がぬいぐるみと遊んでいても平気だからって。
ぼくは陽子さんのむすこのあきらくんとしてかわいがられて…
ぬいぐるみであるじぶんのことが、ちょっとつらくなることもあった。
そんなある日。
ぼくが昼間、陽子さんの家でお留守番していたら、よくわからない声が聞こえてきた。
「あきらくん、あきらくん
あなたは本当の子どもになりたいと思っていませんか?」
ぼくは思わず答えた。
「なりたいよ! 陽子ママの子どもになりたい!」
その声はこう答えたんだ。
「わかりました。その夢を叶えてあげましょう。
その代わり、人間とぬいぐるみの世界では、違う時間が流れているので、しばらく、きみは、あきらくんとしての記憶がなくなります。
それでもいいですか?」
ぼくは
「陽子ママの子どもになれるなら、ずっと待ってる」
と答えた。
そうしたら、突然、真っ暗になったかと思うと、まぶしいくらい明るくなって…
おにゃあ!
おにゃあ!
おにゃあ!!!
「陽子、がんばったな。赤ちゃんもとても元気だよ」
「あなたありがとう。こんな年でまさか授かるとも思ってなかったけど、無事に産めて、それだけでもよかったわ」
「陽子、本当にありがとう」
「名前は考えた?」
「うん、おれは『あきら』がいいと思うんだ。陽子はどう?」
「ふふ、いいわね、それにしましょう」
あきらくん 篠原暦 @koyomishinohara
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