冥界本屋

夏伐

虚ろう色

「すみません……立ち読みはちょっと……」


 私が伝えると、仏さまは少し困惑しながらも本を持ってレジの方向へ向かった。

 店員は黒いスーツを着ており、対照的に仏さま方はみんな白い服をまとっている。


 ここは現世と幽世の境目、冥界本屋だ。

 客はみな、現世で命を落とした『仏』である。


 広々とした店内にある本は、様々な装丁の本ばかりだ。その全てに故人の人生が記されている。一冊一冊、文字の一文字に至るまでこの世界に一冊しかないものだ。


 私はそんな幽世の入り口で死者を見送る本屋のアルバイトだ。

 ほとんどの仏さまは導かれるように自分の本を見つけて、そして自分しか知らない秘密や出来事すら記された本を見つけて、茫然と読んでいく。

 レジを通す時に必要なのは六文銭だ。持っていなくとも本人確認さえできれば渡す。昔は船賃だったらしいが、今はこんなところでしか使えない。


 所詮は儀礼的なものなのだが、


「はぁ……」


 今、私の目の前にいるような仏さまには本当に嫌な気持ちになる。


「仏さま、床に寝そべるのは他の方のご迷惑にもなるため――」


「――ほとけさまってどういう意味よ」


 気の強そうな小さな少女がそこに立っていた。小学生くらいだろうか、彼女はワンピースを着てランドセルを背負っている。他の仏さまと違うのは彼女には色がついていることだ。


 白と黒、本の色しか存在しないこの本屋には異質な存在だ。懐かしい彩りに、遠巻きにスタッフも客も彼女を注視している。

 私は丁寧に彼女に彼女の本を手渡し『人生史』を読み聞かせた。


 本来なら人前で話す内容ではないので、小さく小さく、彼女にだけ聞こえるように生まれてから命を落とす一瞬まで丁寧に話して聞かせた。


 不満なのか、私に弱々しい蹴りを入れていた少女は、記憶を思い出したようで徐々に色あせていく。ついに色を全て失った時、気が強そうな意思はなくなり全てを悟ったような表情になってしまった。


「こちらの本をお持ちになり、向こうへおすすみください」


「うん」


 すんなりと本を受け取りスタスタと少女は去っていった。


 時折いるのだ。死んだことに気づけないままこちらへやってくる御霊が。

 私はそんな仏さまから色が抜け落ち、表情が消え去り、現世とのつながりが全て消えるその瞬間が好きだ。だからこそ、前にも後ろにも進まずここに留まっている。

 

 



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