第7話 そして私は……

今日もオペだ。

これから患者さんに全身麻酔をかける。

私は術前の患者さんとの会話を大切にしている。

それはなにも、麻酔の確認のためだけではない。


患者さんが術中死するなんてことになったら、その患者さんが人生で最後に話した相手は「私」になる。

その患者さんは二度と話せなくなるかもしれない。

だからこそ、私は心を込めて患者さんとお話をする。

いくら話しても、手術前の緊張は消えないとは思うけど、麻酔をかける私のことを信頼してもらいたいと思っている。


私は宣告する。


「今から麻酔をかけますね」


今回の麻酔も、しっかりとかかった。

離陸成功。


次は飛行の維持だ。

私はいつものように、モニターを見ながら、麻酔の量を微小単位で調節し続ける。


手術が終わった。

いよいよ着陸だ。

手術室から出された患者さんに寄り添い、麻酔から覚めるのを待つ。

意識が戻ったことを確認し、チューブを抜く。


医療従事者にとって、患者さんからの感謝の言葉はとても嬉しいもの。

お礼の言葉としては、「おかげさまでよくなりました」などの言葉が多いけれども、私のような麻酔科医にとっての嬉しい言葉は、麻酔から覚めた後のこの一言。


「え? 手術終わったんですか?」


私は笑顔で患者さんに答える。


「はい。無事終わりました」




<了>


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麻酔科医__知られざるその日常__ 神楽堂 @haiho_

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