第6話 訳ありの手術

今日もオペだ。

ただ、今日のオペは訳ありだ。


あのF田がオペをした患者さんが、予後不良で再手術となったのだ。

執刀医を変えようか、という話も出たけど、やはり切った本人が再手術した方がいいということになって、またあいつが切ることになった。


私は患者さんに話しかける。


「前よりは短い時間ですみますからね」


「ああ、時間って言われても、前のときはいつ始まっていつ終わったか、まったく分からんかったからな」


そう言って笑ってくれた。

二度も手術だなんて本当は嫌だと思うけど、こうして私と笑顔で話してくれることがとてもありがたい。


「今回も、痛みをまったく感じないようにしますからね」


そう言って、私は患者さんに麻酔をかけた。


手術が始まった。

前回手術したところに異状があり、また、レントゲン写真に怪しい影が確認されたことから再手術となったのだ。

切開してみると……


「……忘れ物だな……」


「……あぁ……忘れ物だ……」


F田は、やはりそうだったかと、ひどく落胆した。

しかし、自分がやらかしたことだ。

自分で最後までしっかりと責任を取らないといけない。


「これより、異物肉芽腫切除術を開始する」


F田は前回の手術の際に、患者さんの体内に忘れ物をしていた。

忘れ物の正体は「ガーゼ」。

組織はガーゼと一体化しており、炎症を起こしてコブのように膨らんでいた。癒着したガーゼはそう簡単には剥がせそうになかった。

それでも、F田は慎重にメスで切除していく。


手術でのガーゼの忘れ物は、決して珍しいことではない。

気付かれずに数十年間も体内に残っていたケースもある。

その場合、人間ドックや他の疾患での検査によって判明することが多い。


ガーゼを体内に残さないよう、手術前と後のガーゼの数は数える決まりになっている。

これはどこの病院も同じだ。

ただ、針と違ってガーゼは丸めて使ったりすることも多く、使用済みのガーゼの数を正しくカウントできていないこともあるのだ。

ちなみに、ひどい例では縫合針を体内に忘れてきたという事例もあるという。恐ろしい話だ。

ガーゼであっても炎症や二次感染などの原因になるため、これらはあってはならない医療過誤だ。



手術は終了し、忘れ物のガーゼは回収された。


患者さんの予後は、今のところ良好。


病院ではさっそく医療事故会議が開催される。

前回の手術の記録が提出され、安全対策委員を交えて検討する。

私も含め手術に関わった全スタッフへの聞き取りも行われる。

そして、処分が決定された。


手術に関わった全スタッフが処分の対象だ。

私は口頭注意処分を受けた。

処分の中では一番軽いものであった。

一方、執刀医のF田やガーゼを扱っていた助手は、減給処分となった。

また、今後の事故防止のために、私たちの病院ではレントゲンに写りやすいガーゼを採用することにした。

ちなみに、レントゲンでもガーゼを発見できない事例は実は多い。

まず、ガーゼ自体がはっきりと写らない上に、骨に重なっている箇所にあるガーゼは写らない。

また、ガーゼが写っていても見落とされてしまうこともある。まさかガーゼが残っているとは思ってもいないからだ。


気付かれない忘れ物。とても怖い話だ。


さて、今回の件、あのF田もさすがに堪えたようで、人を馬鹿にするような見下した発言は慎むようになった。

自分の忘れ物のせいで患者さんに負担をかけさせてしまい、スタッフにも迷惑をかけてしまったのだ。


後日、医長とF田その他関係スタッフが、患者さんとその家族の前で説明と謝罪を行った。

患者さんは、

「治してくれたんだからそれでいいですよ」

と言ってくれたのだが、患者さんのご家族は、

「これ、医療ミスですよね」

と、病院側に強い不信を抱き、非難してきた。

もっともな話である。

私が患者だったら、こんな医療過誤があったら許せないと思うし、自分の家族がそんな目にあったら、もっと許せないと思う。


再手術の費用は全額、病院側で負担した。

さらに、見舞金としてそれなりの大金を患者さんに支払った。


最終的には示談が成立し、訴訟にはならなかった。

訴訟になっていたら、完全に病院側の負けだ。


示談が成立したとはいえ、医療過誤を起こしてしまうと、病院のイメージがかなりダウンしてしまう。

現代社会において、口コミの力は大きい。


また、口コミは患者さんたちの間だけではない。

医療の世界は閉鎖的なので、医療過誤の噂はたちまち関係者の間に広まってしまう。

これはF田にとって大きなダメージとなる。

天狗の鼻を折るのに払った代償は大きい。


F田と親しいスタッフは、

「F田、忘れ物、気をつけろよ!」

なんて、笑えない言葉をかけたりする。

いや、そこ、いじっちゃだめなのでは……と、私はひやひやしてしまう。


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