第5話 麻酔科医って変人が多いの?

麻酔科医は変わった人が多い、というのはよく聞く話。

まぁ、確かに私は変わった人かも知れない。そこは否定しない。

ただ、私に言わせれば、世の中の人間、誰でもどこかしら変わった要素をもっているので、麻酔科医だけが変わっている、とは私は思っていない。


人間、誰でも個性があって、それはとても素晴らしいことなんだけど、医療はチームで行うので人間関係はとっても大事。

麻酔科医が下に見られたり、逆に威張っていたりする職場は、私はよくないと思う。


麻酔科医は、縁の下の力持ちのような仕事をしたい人には向いている。

手術をして、患者さんに第一に感謝されるのは、やはり執刀医の方だ。

ヒーロー願望がある人は、麻酔科医ではなく、外科医の方が向いていると思う。


とは言っても、引っ込み思案な方が麻酔科医に向いているわけでもない。

なぜなら、麻酔科医にはリーダーシップも求められるからだ。

術中の様態管理をしていて患者の急変を把握した場合、迅速かつ的確に指示を出す必要があるからだ。

また、麻酔科医は管理職的な役割も担っている。

手術を許可する権限は、麻酔科にあると言っても過言ではない。


あと、扱っている薬品が劇薬なので、管理がとても厳しい。

麻酔などの劇薬は、法律でとても厳しく管理されている。

麻酔が入った瓶を落として割ってしまった、なんてことになるともう大変。

始末書を書くのは当然として、「麻酔事故届」も役所に提出しないといけない。

こぼした麻酔はすべて、ガーゼなどで拭き取って回収し、割れた破片もすべて回収し、麻酔管理者に提出することになる。

麻酔科医は、薬品管理の責任も重い。


どこの職場でも、一番の悩みは人間関係。

それは医療の世界とて同じ。


私の同僚の一人に、どうしても馬が合わない外科医がいる。

ここでは仮に、F田と呼ぶことにしよう。

F田は、麻酔科医である私のことを馬鹿にしてくるのだ。


「挿管なんて、医者じゃなくてもできるからな」


これは、挿管は救命救急士でもできる、ということを言っているんだろうけど、挿管した後の管理も全部、麻酔科医の責任なんだからね! と私は言い返したくなる。

挿管ができても、その後の呼吸を維持できなければ患者さんは死んでしまう。挿管すれば終わりではない。むしろ、始まりなのだ。

あと、挿管では喉頭鏡を患者さんの口に入れていろいろな角度に動かすため、下手な人がやると患者さんの歯を折ってしまったり、唇を切ってしまったりする。



「麻酔かけるだけで給料もらえるんだから楽でいいよな」


これを言われたときが一番頭にきた。

私は言い返した。

「F田さん、あなたの仕事はとても素晴らしいと思います。

けれども、人の仕事のことを楽とか言うの、やめてもらっていいですか」


外科医は執刀の責任を負っているように、私は麻酔管理の責任を負っている。

種類は違うけれども、どの仕事もとっても大切。

お互いの仕事を尊重し合わないと。


誤解のないように言っておくと、外科医の皆様のほとんどが人格的にも素晴らしい方々ばかり。


ただ、このF田だけは絶対に許さん。

F田は前の病院でも麻酔科医と相当ケンカしてきたらしい。

ある時、私は聞いてみた。


「なんでそんなに麻酔科医を毛嫌いするの?」


「前の病院で俺が持った患者さん、1日でも早くオペしたかったのに、麻酔科の連中が時間外のオペを嫌がって、緊急じゃないからとか言って先延ばしにしたんだよ……」


これ、実は分かる。

普通、手術は日中に行うので、救急病院でなければ麻酔科医に夜勤は少ない。

長期で特定の患者さんを受け持つということもないから、急変で呼び出されることも少ない。

それゆえ、家庭を持っている女医の中には、麻酔科医に転科する人もいる。

麻酔科医はまだまだ人手不足。

麻酔科医の都合がつかなくてオペができない。

そういう事例はたくさんあるのだ。


F田は言う。

「前の病院の麻酔科医が、俺がいないと手術はできないんだからな、なんて偉そうに言ってきて、まあ、俺も若かったから売り言葉に買い言葉で……」


そうか……そうだったんだ。

まあ、こんな話を聞いたからと言って、F田は相変わらず嫌な奴であることには違いないけど、みんなそれぞれ、いろんな人間関係で苦労しているんだなと思った。



麻酔科医は、外科医の部下ではないし、上司でもない。

人間関係、縦で見るんじゃなくて横で見ようよ、と私はいつも思っている。

どっちが上とか下とか、そういう関係じゃなくて、同じチームとして横のつながりでまとまりたい。

そういう人間関係であることを、私はいつも願っている。


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