こんなぬいぐるみ屋は嫌だ
薮坂
コント「ぐるみ屋」
「あれ? 駅前にこんなぬいぐるみ屋あったっけ? あ、看板が出てる。なになに? 『レアなヤツあります』だって? そろそろ彼女の誕生日が近いし、あいつ無類のぬいぐるみ好きだし、もしかしたら良いものがあるかも知れないな。よし、入ってみるか」
「ウィィィィン。へいらっしゃい!」
「ウィィィィンって自動ドアの音を口で言ってる店員さん出てきたよ! 絶対ヘンなぬいぐるみ屋じゃんこれ!」
「お客さん、お一人様っすか?」
「……そうですけど、さっき自動ドアの音を口で再現してませんでした? ウィィィィンって」
「あ、これはアレです。電動歯ブラシです」
「斜め上の回答! そんなんで接客すんなよ!」
「がらがらがらー、ペッ。へい、改めましてらっしゃいませ、ようこそ『ぐるみ屋』へ!」
「ちょっと待てどこにペッしたんだよ! 店内だよ⁉︎」
「まぁまぁお客さん、少し落ち着いてくださいよ。急いては事を仕損じる、って昔からいいますし」
「まだ事は始まってもないよ! ぬいぐるみ見てもないから!」
「あ、ぬいぐるみ購入希望のお客さんでしたか。なんだ残念。チッ」
「チッって言った! 今チッって言った!」
「で、ぬいぐるみのご購入っすよね? ご自宅用ですか? すみませんがウチには、お客さんのメガネにかなうような商品はないかもしれませんよ?」
「いやまだ何も伝えてないんだけど」
「大丈夫、こっちも長いこと商売やってんすよ。お客さんの顔見りゃあ、どんなものが欲しいか大体わかります。あれでしょ? 生身の女の子に見えるぬいぐるみが欲しいんでしょ? ちなみにあれ、ぬいぐるみじゃあなくてドールって──」
「いや全然違うから!」
「えぇー? 絶対そうだと思ったんだけどな。そのドールを『彼女』って言い張る気でしょ? お客さん、彼女いなそうだし」
「失礼だな! ちゃんといるよ! その彼女への誕生日プレゼント買いに来たんだよ!」
「へぇ、そうなんですか。何年くらい付き合ってんですか?」
「もう五年になるかな。結婚も考えてるんだ」
「へぇー、そりゃあ羨ましいことですねぇ。チッ」
「またチッって言った!」
「いやぁ、歯ミガキ途中だったんで、歯に鶏肉挟まってて」
「紛らわしいな! ちゃんと磨いとけよ!」
「いやお客さんが中断させたんすよ。チッ」
「そんなんでよく商売できてるな……。もういいよ、ぬいぐるみ見せてよ。彼女、ぬいぐるみが好きなんだよ」
「確認しますけど、ぬいぐるみでよろしいので? ウチは『ぐるみ屋』ですから、いろんな『ぐるみ』を用意してますよ。たとえば編みぐるみ、着ぐるみ、そして縫いぐるみ。他にもたくさんありますけど」
「へぇ、だから『ぐるみ屋』なのか。ちなみに他はどんなのがあんの?」
「最近入荷したのは天然モノの『
「オニグルミ! しかも殻付き!」
「クルミ科クルミ属に属する落葉性の
「そんなカッコ良さいらないから! それに殻付きのクルミをプレゼントして喜ぶ女性ってどうなんだよ!」
「三度の飯よりクルミ好きな彼女だったら喜んでくれるかもしれないっすよ?」
「もはやリスだよその子! いや可愛いけどさ!」
「それにオニグルミの花言葉がまた良いんですよ。『あなたに夢中』もしくは『至福の時』っすよ! 良いと思いません?」
「あら素敵! でもいらねぇ!」
「仕方ないなぁ。じゃあコレなんてどうです? 矰繳」
「…………なんて読むんだよ!」
「
「逆に聞くけど知ってると思う?」
「お客さん、知能が残念っすねー。これね、猟具なんすよ。矢に紐とか網とか付けて弓で射ってですね、鳥とかを捕まえるんです。さっき食ってた鶏肉はこれで捕まえたヤツです!」
「ニッコリ言われても困るから! そしていらない! オニグルミよりマジいらない!」
「そっすかー、そりゃあ残念ですね。チッ」
「まだ歯に挟まってんのかよ!」
「しゃあない、それじゃあコレなんてどうです?」
「次はほんとマトモなの出してくれよ、頼むから」
「任せてください。次の『ぐるみ』はまじアツいっすから! でけでけでけでけ……」
「その口のドラムロールいる?」
「ででん! 『身ぐるみ』!」
「身ぐるみ? 身ぐるみ剥ぐぞ、的な意味の?」
「そうそう、その身ぐるみっす。つまりですよ、彼女の前で自分の身ぐるみ剥いで、『プレゼントは俺だ!』って言うんすよ。ハダカにリボン巻いてね。そうすりゃきっと彼女ドン引きですから!」
「グッ、じゃねーよ! なにドヤ顔サムアップしてんだよ! 引かせてどうする! 破局待ったなしじゃねーか!」
「ワガママなお客さんだなぁ。しゃーない、じゃあとっておきの出してやるっすよ。もうウチが出せるのはコレで最後ですよ。泣いても笑っても最後。文句は受け付けないっすよ! いいですね?」
「なんでそっちがキレてんの?」
「でけでけでけでけ……ででん! 『組織ぐるみ』!」
「もはやモノじゃあない!」
「組織ぐるみの犯罪、とかあるじゃないっすか。アレですよ、アレ!」
「いやわかるけどさ! そんなもんプレゼントしてどうすんだよ! いやどうやってプレゼントするんだよ⁉︎」
「アマいっすねお客さん。組織が絡んだ犯罪は、被害額がかなり高くなるんすよ? 億は下らないな。現ナマ一億も贈れば、一撃でオトせるでしょ!」
「犯罪収益じゃねーか! 汚い金渡してどうすんだよ! それに彼女はもう俺にオチてんの! オトす必要ないんだよ!」
「ひゅーぅ、カッコいいセリフぅ! 普通の人間なら恥ずかしくて死んでも言えないセリフっすね!」
「うるせぇよいちいちトゲあんな! 放っておけよ! て言うかコレどうやってオチ付けるんだよ! ハナシがまるで纏まってないじゃないか!」
「でもさっきお客さんが言ってたじゃないっすか。『彼女は俺にオチてる』ってね。いやぁ、お後がよろしいようで」
「全ッ然上手くないッ! よろしくもない! ていうか結局ここ何屋だったんだよ!」
【終】
こんなぬいぐるみ屋は嫌だ 薮坂 @yabusaka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
今夜も眠らない。/薮坂
★58 エッセイ・ノンフィクション 連載中 36話
俺とポン太/薮坂
★114 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます