青いクマさん

@ramia294

 

 西の空のお日さまが、その日最後のオレンジの光を一滴ひとしずく、絞り切ると、空は星と月の世界に変わりました。

 あれだけ降った雪もすっかり溶けて、花の咲く季節に心が浮き立ちます。

 窓を開くと、暖かい南の風が、僕にお久しぶりの挨拶です。


 世界を旅する南風が僕の部屋に吹き込み、話し始めました。


「この部屋からも見えるあの高い屋根のおうち

 風見鶏があった事をおぼえていますか?

 そのお隣の出窓のあるおうち

 その出窓には、青いクマのぬいぐるみが置かれていました。

 ポツンとひとりきりのクマのぬいぐるみ。

 オモチャたちがオモチャ箱に帰り、子供たちがスヤスヤと眠る頃でした。

 私が、出窓のわずかな隙間から、そっとその部屋に吹き込みました。

 

 これからの長い夜。

 クマさんは、ひとりきりですね。

 寂しくありませんか?

 私がそう尋ねると、ぬいぐるみの青いクマさんは首を振りました。


『夜空には、星が瞬き、

 出窓に、黄色い光を滑り込ませてくれるお月さまもいらっしゃいます。

 あなたたち風は、出窓をノックして、巡って来た世界の話をしてくれますし、

 出窓を濡らす雨は、雲だった頃の思い出話をしてくれます』


 南風吹く空は、お月さまが丸く明るく。


 青いぬいぐるみのクマさんは、私と話す時には、嬉しそうです。

 私には、分かっていました。

 クマさんの瞳が、ひと際輝く理由。

 

 それは、お隣の屋根の上の風見鶏が、出窓のクマさんにその顔を見せてくれる時。


 その時を待ち焦がれる青いクマさんのぬいぐるみ。

 風見鶏さんとたくさん話したいのに、

 何故か、その時がくると話しが出来ません。

 クマさんのモフモフの胸がドキドキして、胸がいっぱいになる様です。

 何を話して良いか、分からなくなる様です。


 風見鶏も出窓からの視線を意識して、南風の日にはドキドキが治まりません。

 屋根の上への熱い視線。

 ぬいぐるみのクマさんの視線は、何故か風見鶏の頬を熱くします。


 どんな風にもクルクルと、素直にその顔を向ける風見鶏。

 しかし、いつの間にか南風を待ちわびる自分自身に気づきました。

 ひとりで赤くなっている顔を、誰かに見つかりはしないかと、恥ずかしくていつもよりも多くクルクル回ります。


 ふたりの様子を見ていた私。

 じれったくなり、そっと出窓の隙間からクマさんの元へ吹き込みました。


 クマさんは、風見鶏とのお喋りの練習中。

 素直な気持ちが、あふれ出ています。

 クマさんの恋する気持ちを抱え込み、南風は屋根の上の風見鶏に吹きました。


 クマさんの自分への深い気持ちを知った風見鶏。

 クルクル、クルクル回ります

 この屋根から見える街のいろんな事。

 次の南風の時は、いっぱい話そうと思いました。


 恋する風見鶏の気持ちを抱え込み、私は出窓のすき間から、クマさんの元へ吹き込みます。


 お互いの気持ちを知ったふたり。

 ぬいぐるみのクマさんと風見鶏は見つめあい、

 お互いに胸が熱くなりました。


 胸いっぱいの恋するふたり。

 やはり話す言葉が、見つけられません。

 見つめあうだけのふたり。


 ある日の事。

 目もくらむ雷が、風見鶏に落ちました。

 そして、回ることが出来なくなった風見鶏。

 高い屋根のお家の住人に、取り外されて捨てられてしまいました。

 私は、捨てられている風見鶏から、その心を救い出し抱え込みました。


 その頃、出窓の住人は、青いクマさんだけでは寂しかろうと、ピンクのクマさんのぬいぐるみを出窓のあのクマさんの隣に。

 私は、再びその部屋に吹き込むと、抱え持っていた風見鶏の心をピンクのクマさんに吹き込みました。


 相変わらず話が弾まない、不器用なクマさんのぬいぐるみたち。

 それでもお互いを思いやり窓の外、お隣の高い屋根を見つめ、そっとそのモフモフの身体を触れ合う日々を送っています」


 南風は、行ってしまいました。

 少しだけ、冷えてきたので、僕は窓を閉めました。

明日明るくなったら、出窓のクマさんたちに挨拶しに行こうと思います。



           終わり



 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青いクマさん @ramia294

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ