息子が大切にしているぬいぐるみの股に謎の穴があいてたんだけど

澤田慎梧

息子が大切にしているぬいぐるみの股に謎の穴があいてたんだけど

 それに気付いたのは、息子がサッカーの合宿に行っている時のことだった。


「何かしら、この穴」


 息子が大切に大切にしている、大きなクマのぬいぐるみ。

 その股の辺りに、ぽっかりと穴があいていた。


 元々は、息子が幼稚園に上がる前に、私と夫がプレゼントものだ。息子は大層気に入ってくれていた。

 けれども、流石に小学校六年生になっても枕元において一緒に寝ているのは、どうかと思っていたのだが――その股に、買った時にはなかった穴があいている。


 大人が手を入れるには少々狭い。精々、指の二、三本が限界くらいの、小さな穴が。

 穴の入り口はフェルトが丁寧に縫い付けられ、広がらないようになっている。


「こ、これは……まさか!?」


 思わず背筋に冷たいものが走る。

 ……まだ早いだろうとは思っていたが、息子ももう小六だ。早い子は、そのくらいには既に「目覚めて」いると聞く。


 元々、息子は大人びた子だ。

 部屋の片づけだって、母親の私が手伝う必要がないくらい、きちんとしている。

 「勝手に掃除しないでね」なんて言われて、嬉しくなっていたくらいだ。

 今日だって、枕カバーとシーツを洗濯しておいてあげようと、部屋に入っただけなのだ。天に誓って、ベッドの下だとか鍵のかかった机の引き出しだとかは、漁っていない。


 それなのに、まさか見慣れたクマのぬいぐるみが、使なんて……。


 所詮、私は母親だ。思春期の男の子の、センシティブな悩みや仕草は分からない。夫に相談するべきかもしれない。

 普段は私と同じ在宅ワークの夫は、こういう時に限って出社日だ。

 私はやきもきしながら、夫の帰りを待った。


   ***


「あのクマちゃんの股に穴が?」

「ええ、そうなのよ。これってやっぱり……アレ、よねぇ?」

「ん~、多分そうだろうね。俺も昔、似たようなことしてたよ」

「えっ」


 ――夕食後。落ち着いた頃を見計らって夫に相談してみると、彼はあっけらかんと、そんなトンデモナイことを言い出した。


「え、あなたもやってたの……?」

「うん。子供って、そういうものじゃないのか? 君だってやってたろう」

「私はやってないわよ!」

「……? そ、そうなんだ」


 恥ずかしげもなく言ってのけた夫に、思わず怒鳴り散らす。

 なんてことを言うのだろうか。


「でも、まさかあのクマのぬいぐるみを、そういうことに使うだなんて。あんな大切にしてたのに」

「大切だからこそ、だろ?」

「えっ?」

「愛着のあるものだから、俺達が勝手に触ったりしないって思ってるものだからじゃないのかなぁ」

「そ、そういうもの……?」


 どうにも納得がいかない。けれども、それは私が女だからなのかもしれない。


「なんにせよ、親としては知らんぷりをしてあげるべきだろうね」

「そ、そうね……。それが一番、なのよね」


 納得はしていない。けれども、思春期の息子のセンシティブな精神を思えば、見なかったことにするのが一番なのだろう。

 どうにもモヤモヤしたものが晴れないが、私は一度、それを呑みこむことにした。


   ***


 ――翌日。


「ただいまー! あれ、お母さんは?」

「買い物行ってるよ」

「なーんだ。合宿先で、お土産もらってきたのに」


 合宿所から元気に帰って来た息子を出迎えたのは、父親だった。

 息子の手には、バッグと、何故か採れ立てらしき季節の野菜。どうやら、合宿所の管理人が家庭菜園でこさえたものらしい。


「あ、そう言えばな。母さん、クマちゃんの穴に気付いたぞ」

「げっ。マジ?」

「マジだ。中身は見てないっぽいけどな。念の為、

「分かった。ありがとうお父さん。……普通に引き出しに入れて鍵かけておくかなぁ」


 息子はぶつぶつと呟きながら自室に戻ると、クマのぬいぐるみの股ぐらに指を突っ込み、何かを引き出した。

 折りたたまれたジッパーバッグに丁寧に仕舞われた、彼の宝物たちだった。


 大切に貯めておいたお年玉。好きな女性芸能人のグッズ、親戚のおじさんにこっそり買ってもらったテレビゲームのソフト。

 ――片思いしている女の子と一緒に撮った写真を、丁寧に折り畳んだもの。


 写真はスマホに入れておいてもいいのだが、彼のスマホは両親も中身を見られる状態だ。見られて恥ずかしいものは、逆にプリントアウトして、隠してあるのだ。


 ぬいぐるみの中に隠すことになったのは、偶然の産物だった。

 股に穴が開いてしまった時、「これ、大事なものを隠せるんじゃね?」と思い立ったのだ。袋状にしたフェルトを入れて、丁寧に縫い付けたら、見事な隠し場所になった。


 残念ながら、父親にはすぐにバレてしまった。でもそれは、父親も子供の頃に、同じようなことをやっていたからなのだそうだ。

 いらなくなった本の中身をくりぬいて隠し場所にしてみたり。

 机の天板の下にガムテープで貼り付けてみたり。


 父親曰く、「子供ってのは、意味もなく宝物を隠してみたり、秘密基地を作ってみたくなったりするものなのさ」だそうだ――。



(おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

息子が大切にしているぬいぐるみの股に謎の穴があいてたんだけど 澤田慎梧 @sumigoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ