片割れのテディベア

セントホワイト

片割れのテディベア

 ひどく、色褪せたクマの人形があった。

 首に巻いた真っ赤なリボンはよれよれで、購入当初は真っ白なクマも何度も日焼けや埃によって汚れてしまっている。

 それでも何度も丁寧に洗濯され、時には千切れそうになっていた腕は補修していたのを思い出す。


「……ふぅ……」


 何度目かの引っ越しをした際にも捨てることなく飾られていたクマの人形は結婚当初に買ったものだ。

 今と違って昔のクマの人形は青いリボンと赤いリボンを首に巻いただけのシンプルなものばかりだった。

 豪勢な服も装飾品もないが、男女のペアに見えるように最低限のイメージだけを与える程度のものだが、それでも当時は目新しかった。

 その頃は男女がペアになっている物など雛人形のお殿様とお姫様。もしくは西洋の王子様とお姫様。それとも有名なテーマパークの人形だろうか。


「これも、古くなったな……」


 赤いリボンを巻いたクマの隣はポッカリと開いている。

 二対で一つのクマのはずなのに、片割れの青いリボンを巻いたクマはこの世の何処にも在りはしない。

 重要な役目を果たすために、そのクマは大切なものと一緒に旅立ったのだ。

 だからこそ、残された赤いリボンのクマは何処か寂しそうに一匹だけ残されているのだが、それでも隣に新しいクマを用意するのは憚られた。


 いや、正直に白状するならば置きたくなかったのだ。


 統計学的にも年齢的にも、自分よりも長く生きると思っていた相手が先に旅立った。

 何百何千と言った冗談のような本音は終ぞ果たされることはなくなった。

 もしも自分が先に逝ったら、自由に生きて欲しい。

 新しい相手を見つけるのも、行きたい場所に旅をするのも、友達と長話をするのも、高級な料理を食べに行くのもいい。

 だが、それも生きていれば出来ることだった。

 アルバムを開けば若いキミも老いたキミも見れるのに。動画を見れば声すらこの耳に届くのに。作ってくれたレシピ通りに作れば舌は味を憶えているのに。


「それでも……捨てられないよなぁ」


 赤いリボンが巻いたクマを手に取った。

 ひどく色褪せたクマだ。

 どこにでもあるクマは、長い年月とともにどこにもないクマになった。

 片割れはこの世の何処にも無いけれど、きっと何処かでまた会える時が来るだろう。

 そう遠くないうちに……。

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