マイ・リトル・エンジェル
七雨ゆう葉
ボクはここにいる
キミは、太陽だった。
前の主は、初めはボクに優しくしてくれたが、一週間も経たずしてボクを真っ暗な檻の中に閉じ込めた。その後、彼はボクをしけった紙箱に入れ、消毒臭いジメジメした終着駅に置き去りにしてそのまま行ってしまったんだ。
ボクは動けない。話せない。
そんな中、曇天の雲が灰一色へと青を埋め尽くしてゆく。
ポツ……ポツ……。
どんどんと曇り始める視界。
怖いよ。寒いよ。
……独りにしないで。
その時だった。
てくてくと、小刻みな歩幅が近づく。
「かわいそうに。こんなに濡れちゃって」
「ヨシ、ヨシッ」
ぎこちなく不規則な足音と可愛らしいハミングが交錯する。きっと慣れない長靴を履いていたせいかな。駆け寄ったキミは、ボクに無条件に傘を分けてくれたね。そして小さな手をめいっぱい広げボクを抱きかかえると、あどけない瞳で頭を優しく撫でてくれた。
この瞬間からだった。
ボクの世界が色づき始めたのは。
お買い物にお散歩。
食べる時も、寝る時も。
キミはいつも一緒に居てくれた。
さらにキミのママにおねだりして、ボクのために素敵なリボンまで買って付けてくれたよね。嬉しかった。
そんなキミに応えたくて。
動けないし、話すこともできないけど。
ボクも精一杯、笑顔を見せ続けたんだ。
伝わったかな。
届いていたらいいな。
幸せな毎日。
ボクたちはいつだって一緒。
そうやって、共に日々を紡いだ。
暖かい陽光が眩しい昼下がり。
この日も雲一つない青空。
キミはいつものように。
ボクを連れて公園へと散歩に出かける。
目的地まであと少し。
聞こえてくる子どもたちの声。
グラウンドの歓声。
そこに、湾曲したサッカーボールが道路へと飛び出す。
キミは優しいから。
彼らのために、その純粋な心のままに。
駆け出してゆく。
あの日のように――。
その数秒後だった。
キミとボクを繋いでいたその手は、突如として温度を失ったんだ。
閑静な住宅街に轟くブレーキ音。
と同時に、ボクは宙へと舞い上がった。
それはまるで、空を飛んでいるかのよう。
でもキミは眠っていた。
ずっと傍にいたはずなのに。
キミは離れた場所で動かなくなっていた。
もっと、一緒にいたかった。
あのハミングを、この先も傍で聞いていたかった。
ボクはただ願うしかなかった。
キミはこれまで沢山、たくさんくれたのに。
なのにボクは何もできなくて。
何もしてあげられなくて……ごめん、ごめんね。
あの日からずっと――。
ボクは今も、キミの部屋にいる。
かつてキミが、ボクにそうしてくれたように。
ボクはずっと、キミのパパとママの傍にいるよ。
写真に写るキミは、あの時と変わらず天使の笑顔のまま。
一方、ボクに至っては。
すっかり日焼けもして色も変わって、だいぶ糸目もほつれてしまったけれど。
それでも。
ボクはここにいるよ。
忘れないからね。
たった一つ、キミだけのぬいぐるみとして。
ずっと、傍にいるから。
マイ・リトル・エンジェル 七雨ゆう葉 @YuhaNaname
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