うちのお店のお狐様

夢空

第1話

 私の店は地元の小さな定食屋だ。店を出しておきながら、恥ずかしながら料理の腕はそこそこであまり誇れるものではない。しかし、これでもそれなりに繁盛している。


 レジの横には狐のぬいぐるみが一つ。お客さんはそれを目当てに来ていると言っても過言ではない。

 今日もいつものように店を開けると、待ってましたと言わんばかりに地元の常連客の人達が昼も早くから店の中に入ってくる。妻が注文を取り、私は仕込んでおいた材料を調理し提供する。いつもと変わらない一時だ。


 いち早く食べ終わった常連の一人の佐藤さんがお会計に来た。妻が応対し、お会計を済ませる。そして佐藤さんはバッグから二つ折りにした紙を取り出すと、ぬいぐるみを手に取った。そして、わざと開けてある背中の隙間からその紙を突っ込んだ。


「佐藤さん、娘さんの調子はどうだい?」


 私が厨房から尋ねると、佐藤さんは破顔して答えた。


「ああ、おかげさまですっかり良くなって、昨日退院したよ。このお狐様さまさまだねえ」


 そう言って佐藤さんはぬいぐるみに手を合わせた。

 そう、このぬいぐるみは嫌な事や悪い事を書いた紙を中に入れるとその悩みを解決してくれるのだ。店を始めた頃、神社の神主さんからこのぬいぐるみをおいてみないかと言われ、半信半疑だが言われるままに置いてみたら、店のお客から問題が解決したと次々に報告され、瞬く間にその噂は広がり今に至る、という訳だ。



 かきいれ時が終わり、私達はコーヒーを飲みながら休憩していた。すると、チリンチリンと入り口のベルが鳴る。見ればあの神主さんだった。


「やあ、こんにちは」


「神主さん、いらっしゃい!」


「そろそろかと思ってね」


 そう言って、神主さんはぬいぐるみに目を向ける。ぬいぐるみは中にはいった紙でいっぱいになってはち切れそうになっていた。

 私は冷蔵庫に作り置きしていたプリンを手早く箱に詰めると神主さんの元に行って渡す。


「これ、いつものやつです」


「いつもありがとうございます。本当はお礼なんていいのですが」


「いえいえ、うちがやっていけてるのはこのお狐様のおかげですから」


 私は妻に手招きをして呼ぶと、ぬいぐるみに手を合わせて拝んだ。


(お狐様、お役目ありがとうございました)


 そうして拝み終わるとぬいぐるみを神主さんに渡す。そして神主さんから代わりの狐のぬいぐるみを受け取った。


「それではこれで」


「ありがとうございました」


 私と妻は神主さんに頭を下げる。またベルの音が鳴り、神主さんは去っていった。


 私は新しいぬいぐるみをレジの横に置く。


「ねえ、そういえばあの神主さん、どこの神社の人かしら?」


「え? いやあ、どこだろう」


 妻に言われてみてはたと気づく。そういえばこの辺りに神主さんが必要そうな大きな神社はない。わざわざこんな小さな店に通ってもらっているのだろうか。それなら今度来た時はもっともてなさなくては。



 今日も店は大繁盛。その様子をレジからひっそりと、狐のぬいぐるみがまるで見守るように置いてあるのだった。

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