【掌編】守られている国【1,000字以内】
石矢天
守られている国
僕は旅をしている。
世界にある様々な国を、自分の目で見て回るためだ。
広場では、真っ黒な服を着た人たちが大きなクマのぬいぐるみを囲んでいた。
誰もが顔を伏せ、ハンカチを持ち、ときに涙を拭っている。
何をしているのか気になった僕は、近くの人に尋ねてみた。
「これは何ですか?」
「お葬式ですよ」
「ぬいぐるみの?」
「なんてことを言うんですか! 人のお葬式に決まっているじゃありませんか!!」
ものすごい剣幕で怒られてしまった。
やはり知らない国の文化に触れるのは難しい。どこに逆鱗があるのかわからない。
それを知るために旅をしているのだから、目的には
「これは申し訳ありません。この国へ来たばかりなもので、失礼をしてしまったようでしたら謝ります」
僕は頭を下げた。だけど特に許しの言葉は貰えないまま、その人はいなくなってしまった。
街を回っていると、家の軒先や庭にぬいぐるみが目についた。
大きさは大小さまざまで、デザインもウサギ、トリ、ペンギン、クマ、イヌ、ヒトと特に統一されてはいないようだった。
僕は再び別の人に尋ねてみた。
「この国の家には、どうしてぬいぐるみが置いてあるのですか?」
「ああ。あなたは旅行者なのですね。あれはそれぞれの家を守っているんですよ」
「それはお葬式でぬいぐるみを囲んでいることと関係があるのでしょうか」
「広場で行われていたお葬式をご覧になられたのですね。もちろん関係がありますとも。亡くなった方はぬいぐるみの姿になって家と家族を守る。それがこの国の文化なのです」
僕は頷き、「そういうことでしたか」と相槌を打つ。
「ところで、後ろにあるのは火葬場ですか?」
「ええ、そうです。しっかりと焼いてお骨になって頂かないと、ぬいぐるみに入れてあげることができませんからね」
「なるほど。とても勉強になりました。素晴らしい文化ですね」
褒められたのが嬉しかったのか、その人は上機嫌で両手を大きく広げた。
「そうでしょう、そうでしょう。我が国の繁栄はこの文化に拠るものだと自負しておりますから。あなたも他界される際には検討されてみては?」
「そうですね。死ぬまでに考えておこうと思います」
僕はペコリと頭を下げて別れを告げた。
たくさんのぬいぐるみに見送られながら、次の国を目指して歩いていく。
【了】
【掌編】守られている国【1,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya
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