忘れ物のぬいぐるみ

御剣ひかる

うさぎは何を語りたいのか

 三限目の遅刻の理由?


 大学に来るときに乗ってた電車の座席に、ぬいぐるみがあったんだよ。

 俺が座ってた長椅子の端っこに座らされているみたいな感じで背もたれにもたれかけさせられてたんだ。


 ピンクのウサギのぬいぐるみだったよ。三十センチくらいの、ちょっと抱き心地よさそうなので、多分実際たくさん抱きしめられてるんだろうなぁって思えるくらいのくたびれ具合でさ。スカート履かされてんだけどあれきっと手作りだな。


 小さい女の子がそのうさぎのこと大好きで、お母さんが服を縫ったんじゃないかな。どこに行くのにも持って行ってたんだろうな。それで今日、電車に忘れてしまったんだろうって簡単に想像できたな。


 ちょっと大きめのつぶらな黒い目が特徴的で、それがさ、なんかこっちをじーっと見てくるような気がしたんだよ。

 今にも動き出しそうに思えて、気が付いたら目が離せなくなっちゃって。

 まさか本当に動かないかって気になって気になって。

 電車が揺れるたびに耳がぴくんぴくん動いてさー。なんかめっちゃ可愛く見えてきて。


 持ち主の子、きっとすごい泣いてるんじゃないか。返してあげたいなって思ったから、降りる駅で駅員さんに忘れ物として届けたんだ。

 どこにどんな感じで置いてあったのかとか聞かれたから乗り換えの電車を一本逃しちゃって。


 講義には遅れちゃったけれど、まぁ、それで持ち主のところにあのぬいぐるみが戻るんならよかったんじゃないかな。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 帰り道で、おれは見てしまった。


「うわあぁぁん、うさちゃあぁぁん! よかった! あいたかったあぁ」


 おれがぬいぐるみを届けた駅の遺失物取り扱い所で歓喜の泣き声をあげる、中年男を。


 まさか、いや、違うものだろう。うさちゃんってのも聞き違いだろう。


 思わず男が引き取ったものを凝視した。

 あのうさぎだった……。


 目が合った気がした。

 相変わらず、なにかを言いたそうだと思った。



(了)

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