わたしとアリスちゃん
惣山沙樹
わたしとアリスちゃん
いつの頃からだろう。クラスの皆が、わたしを居ないものとして扱うようになったのは。わたしは正しい振る舞いをしていた。わたしは正しい受け答えをしていた。それなのに、なぜだろう。
「ねえ、聞いて、アリスちゃん」
学校から帰宅したわたしは、クマのぬいぐるみを抱き締めた。わたしが産まれたときから一緒に居る、茶色で目がくりくりした女の子。
「今日も、誰も挨拶を返してくれなかったんだ」
アリスちゃんはもふもふの毛でわたしを包み込んでくれる。嗅ぎ慣れた匂いがわたしを安心させてくれる。
「どうしてだろうね。わたし、頑張ってるのに」
リビングの机の上には、今日の夕食代が入った封筒が置かれていた。いつも通りだ。お腹がすいたら、それを持ってコンビニに行かなくちゃ。
「ママもパパも、最近わたしと顔を合わせてくれないね」
わたしはアリスちゃんの目を見た。真っ直ぐに見つめ返してくれる彼女が愛おしくて、さらにきゅっと抱き締め続けた。
「どうしてだろうね」
アリスちゃんは答えない。でもわかる。彼女が何を言いたいのかは。
「そうだね。わたしなんて、消えた方がいいんだよね」
でも、その方法にたじろいでしまう。住んでいるマンションは八階。この高さからなら、十分だろう。だけど。
「アリスちゃん、こわいよぉ……」
我慢していた涙が、ぽろりぽろりと流れ落ち、アリスちゃんを濡らした。もちろん、彼女はされるがままだ。だってただのぬいぐるみなのだから。
「アリスちゃん、ごめんね。こんなに弱くてごめんね。消えることもできない、こんなに弱い人間でごめんね」
とん、と肩にアリスちゃんの右手が触れた。
「……アリスちゃん?」
とん、とん、とアリスちゃんはわたしの肩を叩き続けた。わたしは彼女から身を離した。
「まさかね」
これは、ただのぬいぐるみだ。弱いわたしがすがれる、唯一の物。アリスちゃんはくりくりした目でわたしを見ていた。
わたしとアリスちゃん 惣山沙樹 @saki-souyama
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