ダンジョンベアー ~迷宮を徘徊するぬいぐるみ~

雪車町地蔵

第1話 探索者達の都市伝説

 迷宮に伝わる真剣マジな都市伝説。

 悪いことをすると〝ぬいぐるみ〟がやってくる。


 馬鹿馬鹿しい迷信だと思っていた。

 少なくとも数時間前までは。


 足をもつれさせながら、岩陰へと飛び込んで隠れる。

 荒い呼吸を、口元を覆って必死に止める。

 心臓の音は、身体の外まで聞こえてしまいそうで、うるさい黙れと心中でのみ絶叫する。


 俺たちが、なにをしたっていうのだ。

 ちょっとばかし、先に寿命を終えたご同輩達からアイテムを剥ぎ取っただけじゃないか。

 悪いことかも知れないが、誰だってやっていることだろう……!


 衣擦れの音がした。


 ぞっと背筋が粟立つ。

 沸騰していた頭が冷や水をぶちまけられたように凍る。


 ず、ず、ずず、ず――

 迷宮の奥から響く音。


 引きずっているのはなんだ?

 血まみれの死骸。

 〝やつ〟をただのモンスターだと侮って飛びかかり、悪夢のように惨殺された仲間達。


 ず、ずず、ず、ず――


 熊の〝ぬいぐるみ〟が死体を連れてやってくる。

 いや、本当にぬいぐるみなのだろうか?

 少なくとも、五メートル近い巨体を飛燕のような速度で動かし。

 爪も何もないモフモフの腕が当たっただけで人体を粉砕するものを、ぬいぐるみと呼んでいいのだろうか?

 解らない。

 だが、〝やつ〟は着実に近づいてくる。


 初めて都市伝説を聞いたのはいつだったか。

 この迷宮で、悪いことをしちゃいけないよと教えてくれた先輩達は今、どうしているだろうか。

 ただただ日常が、日の光が恋しく。

 両目から、涙がこぼれる。

 嗚咽を噛み殺す。


 〝ぬいぐるみ〟が、真横を通過していった。


 ……どうやら、気が付かれなかったらしい。


 俺はそれでも数十分――もっと長く? あるいは短く?――辛抱強く待ってから、息をついた。

 ダンジョンの出口まで、あと少し。

 偶然にも、熊が向かっていた方向とは真逆だ。

 ああ、助かるのだ。

 安堵と希望に満たされながら駆け出して――もふり・・・


 自分がこれから死ぬのだと、理解した。

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