ぬいぐるみ

惟風

ぬいぐるみ

「パパ、かえでコレが欲しい!」

 娘が飛びついたのは、店の奥に鎮座した大きなドラゴンのぬいぐるみだった。

 可愛らしくデフォルメされた橙色の身体は柔らかい丸みを帯び、眼差しもどこか優しげだ。

 幼児程の大きさのそれは、小学生の娘が抱えると羽やしっぽがユラユラと揺れて、友達ができたことを喜んでいるようにも見えた。

「でっかいの選んだなあ、ママびっくりするだろうね」

 今から妻の困り顔が目に浮かぶ。でも、きっと笑って許してくれるだろう。

 去年妹が生まれてから、楓には我慢させてばかりだ。誕生日の今日くらいは思い切り甘えさせてやろうと、二人で大型ショッピングモールに来ていた。

 観たがっていたアニメ映画を観て、その余韻も冷めやらぬままキャラクターグッズ専門店を訪れた。

 少々……いやかなり値が張るが「好きなの選んで良いよ」と言ってしまった手前、退くわけにはいかないな。

 今月分の小遣いをあらかた叩いて、丸々と膨らんだショッピングバッグを抱えて店の外に出ようとしたその時。


 入口近くのワゴンから、何かが飛び出してきた。

 それはみるみる膨れ上がり、僕達を睨みつけた。


 巨大なハンマーヘッドシャークだ!

 それは人形劇で使う鮫のぬいぐるみだった!

 パペット・シャークだ!


「きゃあ!」

「楓!」

 僕は咄嗟に背中に楓を庇った。何だこのモンスターは!?

 店員や他の客達が、悲鳴を上げて店から逃げ出していく。僕達はパペット・シャークに阻まれて、動くことができない。

「パパ……」

 背中で楓が泣いている。とにかく、娘だけでもここから逃さなければ。でもどうやって?

 凶暴なサメが大口を開けて僕達に迫ってきた瞬間。


 ザッ


 抱えていたドラゴンのぬいぐるみが袋から飛び出した。

 唸りをあげ、激しい炎を吐いてサメに応戦する。


「嘘だろ……」


 これが世界を大混乱に陥れる“ぬいぐるみ大戦争パペット・ウォー”の始まりに過ぎないことを、この時の僕等は知る由もなかった。

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ぬいぐるみ 惟風 @ifuw

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