くまのさきちゃん
尾八原ジュージ
くまのさきちゃん
さきちゃんは十歳になったお祝いに、パパとママからテディベアをもらった。さきちゃんが生まれたときの体重と同じ重さで、足のうらに「SAKI」と刺繍がしてあるやつだ。
ぼくも一度だっこさせてもらったけれど、けっこう重い。「赤ちゃんって重いんだね」と思わずつぶやいて、さきちゃんをみると、さきちゃんも笑っていた。
ぼくのおさななじみの、かわいいさきちゃん。
さきちゃんの部屋にはむかし、ぬいぐるみがいっぱいあった。
でも、今はほとんどない。
さきちゃんがあの誕生日にもらったテディベア、つまり「くまのさきちゃん」にどんどん食べさせてしまうから、どんどん減るのだ。
さきちゃんは器用なので、テディベアのお腹の糸を切って、開くようにしてからジッパーをつけた。そこからご飯を食べさせているらしい。最初は家にあったぬいぐるみを食べさせていたけど、今は「お金がかかるから」って、自分でぬいぐるみを作っている。
「足りなくなっちゃうから、どんどん作らなきゃ」
さきちゃんの指には、ぬい針で刺した傷がいっぱいついている。
さきちゃんがどうしてこんなことを始めたのか、ぼくは知らない。
「ねぇ、くまのさきちゃんどうなった?」
気になって聞いてみた。さきちゃんはにこにこ笑って「大きくなったよ」と答える。
「見てみる?」
そう言われて、さきちゃんの家に遊びにいった。
くまのさきちゃんは、さきちゃんのベッドの上にでんと座っている。
たしかに、前より大きくなった気がする。けど、気のせいかもしれない。
「ご飯あげなきゃ」
さきちゃんはテディベアのジッパーを開けて、フェルトで作ったうさぎのぬいぐるみを中に入れようとする。
本当に、あのテディベアの中には、ぬいぐるみや人形が詰まっているのだろうか。それにしては、ちょっと小さすぎる気がする。
「ねぇ、ぼくがあげてもいい?」
ぼくがそう言うと、さきちゃんはおどろいたようにこっちを見た。
それからにこっと笑って「いいよ」と答えた。
手渡されたフェルトのうさぎを、ぼくは開いたジッパーの奥に入れた。あたたかくてふわふわしているなと思いながら、そっと手をはなした。
その手を、なにか暖かいものにぎゅっとつかまれた。
引っぱられて、ぼくの腕が、ひじまでテディベアの中に埋まった。
「あぶなぁい」
さきちゃんはそう言って笑いながら、後ろからぼくを引っ張ってくれた。
ぬいぐるみのお腹から抜けたぼくの右手には、赤い粘液のようなものがべったりとついている。
「なに? これ」
たずねてもさきちゃんは笑っているだけだ。
なんだか知らないひとみたいに見える。
急にこわくなって、ぼくはさきちゃんの家を出た。
それからはもう、一度もさきちゃんと遊んでいない。
くまのさきちゃんがどうなったかも知らない。
でも家は近所だから、どうしたってさきちゃん家のことは耳に入ってくる。
今度、さきちゃんの家に弟がうまれるらしい。
いやな予感がする。
くまのさきちゃん 尾八原ジュージ @zi-yon
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