【KAC20232ぬいぐるみ】ぬいぐるみのお姫さま

羽鳥(眞城白歌)

氷花の城下町、人形師の館、おそらく子供部屋。


 世界が終わった日、僕は、彼女あのこを見つけた。


 あの日に何が起きたかを僕は知らないし、真実を知ってるモノなんてどこにもいないだろうと思う。

 とにかく、神様の気紛きまぐれみたいな終わり方で、そこに在ったはずの国家も機構も組織もすべてが滅びうせたんだ。

 たくさんの生命が失われ、世界は骨と瓦礫と砂に覆われてしまったけど。僕は死ななかった——そもそも生きていないモノに死なんて概念は通用しないというか。




 僕は、何ができるでもなく崩壊を見届けて、どこへ行くでもなく彷徨さまよった。

 そして、瓦礫とガラクタに埋もれた大きなお屋敷に辿りついたんだ。


 砂礫と瓦礫を押しのけて、入ってみたのはほんの思いつきだった。

 運命なんて、僕は信じない。

 だから、彼女あのこを見つけたのも、ただの偶然にすぎない。



 封印、あるいは冷凍保存コールドスリープ……表す言葉スペルはどうだっていいよね。

 まるでひつぎに納められるように、彼女あのこは機械のカプセルで眠っていた。


 広い部屋だった。きっと元は可愛らしく飾られた子供部屋だったんじゃないかな。

 眠る彼女あのこの周りには、機械仕掛けのぬいぐるみがたくさん散らばっていた。千切れ、焼け焦げ、部品もバラバラに弾けて、どれもひどい有様だったよ。

 みな、すがりつくように彼女あのこを納めた棺を囲んでいた。

 お姫さまを守る、騎士ナイトみたいにさ。



 どうして僕に、棺の開け方がわかったのかって?

 これでも僕は魔法の心得があってね。僕の使えた解放オープンの魔法が、偶然、カプセルの仕掛けに効いただけ。


 どうして僕が、彼女あのこを連れ出そうと思ったのかって?

 それは、彼女あのこを見つけたのが僕だから。


 壊れた世界で、崩れた屋敷で、機械仕掛けのぬいぐるみたちに守られて。

 彼女あのこどこにそれだけの価値があるのか、僕は知りたかったんだと思う。

 なにより、僕も、ひとりぼっちだったから。

 手をとり、寄り添いあえる誰かが欲しかったんだよ——きっとね。




 予想外のことが一つあって。

 ぬいぐるみの騎士ナイトたちは、彼女を守って全員いさぎよく散ったと思っていたんだけど、一匹だけ生き残りがいたんだ。

 機械の翼を持った、黒猫のぬいぐるみ。

 眠る彼女あのこの腕に収まっていたソイツは、あろうことか僕の顔に飛びかかって、思いっきり爪を立てやがったんだよ。

 フシャー、とか生意気にも猫っぽい唸り声でさ。

 僕は彼女あのこを助けようとしただけなのにさ、失礼しちゃうよね。


 せっかく壊れず生き残ったんだから、大人しくしておけばいいと思わない?

 え、口調が攻撃的だって?

 仕方ないよ、僕、狼なんだからさ。



 世界が終わっても終われなかった僕が、ぬいぐるみ相手に遅れを取るはずもないから、それは別に問題じゃなかった。

 本当に困ったのは、その先のこと。


 封印コールドスリープを解いて起こした彼女は、無傷で、身体機能にも損傷はなかった。

 これでも元医者だからさ、間違いないよ。身体的な問題トラブルは何もなかった——いや、多少おなかは空いていたかもだけど。

 壊れていたのは、心。そう、精神メンタルがね。




 世界が終わる前からそうだったのか、あの崩壊が彼女あのこの心を壊したのか、僕は知らない。

 わかったのは、彼女あのこの瞳に僕が映らないってこと。

 話しかけても、触れても、無反応だったんだ。黙ったまま、一緒に眠っていたクマのぬいぐるみを抱きしめながら、虚ろにどこかを見ているだけ。


 黒猫が生意気にも猫らしくニャアニャア鳴いてすり寄ると、彼女あのこの瞳は動いた。

 それに調子づいた黒猫が、彼女あのこ騎士ナイトよろしく僕にフシャーと威嚇したから、温厚な僕もつい、キレちゃって。

 思わず——あの姿に。

 そうそう、青い翼つきの狼になって、グワァって威嚇し返してやったんだよ。

 だって僕は狼だからさ、猫に負けてられないと思わない?



 結果的に、それはラッキーだった。

 彼女あのこが、彼女あのこの瞳が、僕に焦点をむすんだから。




 彼女あのこの心は、人の姿をしたモノを映さない。

 あの時も、今でも、……これから先は、知らないけど。


 彼女あのこが心を向けるのは、ぬいぐるみだけ。

 体温も、心音も、生体が持つであろう反応を何一つ持たないこの身体は、都合がいいんだ。

 彼女あのこが僕を大きなぬいぐるみだと思って、僕を頼ってくれるから。



 運命なんて、信じちゃいないけど。

 僕は彼女あのこを手放す気はないよ。

 彼女あのこは僕が見つけた、僕にとってのただひとりだからね。


 ぬいぐるみの黒猫になんか負けない。

 もちろん、僕から彼女あのこを奪おうとする、ほかの一切にも。




 ぬいぐるみしか心に映さない彼女あのこが、君の言葉に耳を向けることはまず、ないだろうと思うけど。

 もし君が、虚構いつわり生活しあわせ彼女あのこを誘い、彼女あのこが、それを望むようになったら。


 僕は彼女あのこを、食べちゃうかもしれないよ。




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【KAC20232ぬいぐるみ】ぬいぐるみのお姫さま 羽鳥(眞城白歌) @Hatori

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