運命の出会い

祥之るう子

第1話

 駅前の、小さな本屋さん。

 マンガはスマホで読むし、参考書はお母さんがネットで買ってくれるから、本を買うよりも、正直文房具を買うために行く方が多かったこの店で、今わたしは「運命の出会い」というものを体験していた。


 高校一年生の、片思いを喪失したバレンタインデー。

 

 きれいなネイビーの背表紙に目を奪われて、思わず手を伸ばしたハードカバーのミステリー小説。

 けど、わたしの指先が触れたのは、本ではなくて、細長くてきれいな、誰かの指先だった。


「ご、ごめんなさい」


 反射的に体をひいて頭を下げる。


「あ、いえ」


 聞こえてきた声は、わたしと同世代くらいの男の子の声。

 顔を上げてみると、そこには、恋愛ドラマの世界から出てきたような、美少年が立っていた。


 思わず、息を呑んで見惚れていると、彼は、サッとネイビーの背表紙に手を伸ばして本をとり、わたしに差し出してきた。


「どうぞ」


「え、でも」


「俺、一回ネットで読んでるんで」


 そうとだけ言うと、彼は、赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いて、そそくさと本屋から出て行ってしまったのだった。

 

 ◇◇◆◆◇◇


 この、ほんの五分とちょっと前のこと。


「はあ」


 わたしは、渡せなかったバレンタインチョコレートが入った紙袋を持って、駅前で一人ため息をついた。

 昼休み、いつ渡そうかと悩みながら「片想い」の彼の様子をうかがっていたら、同じクラスの子が彼にチョコを渡して、親し気に話す姿を見てしまった。

 そっと手を繋いで、見つめあっちゃって。

 みんながいる教室なのに。

 多分、ちょっと前から付き合い始めたんだろうな。


「はああ」


 思い出したら、もう一度ため息が出た。


 高校一年生のバレンタインデー。

 わたしの「片想い」が、またしても終わってしまった。

 

「あの」


 どうしよっかな~……一か月くらいは失恋しちゃったってことでしのげばいいけど……また新しい「好きな人」探さなくちゃ……。


「あの、そこのあなた」


 ん?

 もしかして、わたしに話しかけてる?


 声の主は、わたしのすぐ後ろにいた。

 駅舎の壁際に、小さな折り畳み式のテーブルを広げて、同じく折り畳み式の椅子に座っている人がいた。

 黒いぶかぶかのパーカーを着て、フードをかぶっていて、目が見えない。

 年齢は……若そうに見えるけど、パッと見、性別も分らない。


 え? 何者?


 思わず、一歩後ずさってしまった。


「あなた、お悩みですね?」


「え?」


 声は、女の子の声に聞こえた。


「恋の……いや、ちょっと違うけど、まあ、恋のお悩みでしょう」


 なになに?

 怪しいひと? ヤバくない? 逃げたほうがいいかな?


 そんなことを考えているうちにも、彼女はペラペラと話し続ける。


「ああ、なるほど。あなた、好きな人がいないと落ち着かないタイプの方なんですね。しかも片想いしていたいわけだ。だって別に、恋がしたいほど本当に好きな人には出会っていませんものね。むしろ、友人たちとの話題についていけないことの方が問題なのでしょうね、あなたにとっては。まあ、恋なんて無理にするものじゃない。あなたも本当はその辺を理解しているから、いつも告白はせずに、ただ「片想い」しているフリをしていると……だから今、あなたが二度もため息をついたのは、失恋したからではなく、また新しい「片想い」相手を探すのが、面倒だから……」


 一気に、今考えていたことをまくし立てられた。


「なんで……」


 なんでわかるの? まさか、わたし独り言でも言ってた?


「違いますか?」


「違い……ません」


「そうでしょうそうでしょう」


 目が見えていなくても、彼女がすごく喜んだことが解った。

 ぱああぁっって音が聞こえてきそうなくらい、急に嬉しそうな雰囲気になったからだ。

 もしかして、わたしと同じくらいの年齢なんじゃ……。


「そこで、あなたにワタクシから素晴らしいアドバイスをして差し上げます」

「え?」

「ああ、ワタクシはしがない占い師です」


「うらないし……?」


 え? やっぱヤバいヤツ?


「あ、あの、お金持ってないんで!」


「大丈夫です。お金は要りません……そうですね、もし良ければ、行く当てのなくなったそのチョコレートを報酬にいただきたいです」


「え?」


「どうですか? あなたにとってそれはもう、見るだけで憂鬱になる物体ですし、それが処分出来て、ワタクシの占いについても、聞くだけ聞いて、実行するか否かはあなた次第ですから、これはもう別に聞いて損するものでもない。いい話だと思いますが」


 ものすごい早口だった。

 どうしよう……本当にその条件なら、わたしに損はない感じだし。このチョコレートも、自分で食べるのもどうかなってちょっと思ってたし。


「じゃ、じゃあ、とりあえずチョコはあげます」


 わたしがそう言って恐る恐る差し出した紙袋を、占い師は嬉しそうな顔で、わざわざ立ち上がって両手で受け取った。


「交渉成立ですね。あ、あなたはまだワタクシを不審に思っておられるでしょうから、どうぞどうぞ、そのまま、そこで聞いていただいて構いませんよ。まあ近づかれたところで、とって食べたりしませんし、本当にこれ以上の報酬をねだったりはいたしません。対価は等しく正しく頂かなくては」


「はあ」


 お言葉に甘えて、わたしは一歩離れた位置に立った。


「いいですか、今すぐ、あそこへ行きなさい。そこに、あなたの運命の出会いが待っています」


「へっ?」


 占い師がそう言って、右手の人差し指を、わたしの右ななめ後ろに伸ばした。

 その指先を追って振り向いてみると、道路の向こう側に、本屋さんがあった。


「以上です」


 そう聞こえて、ぱっと振り向くと、なんと占い師は、ガタガタと音を立てて机を折り畳み始めていた。


「えっあの、それだけですか?」


「え? はい、以上です。早く行った方がいいですよ。五分以内がオススメです。まあ、五分を過ぎても運命には出会えますが」


「ええっ?」


「それではワタクシは十分に働いたので、店じまいといたします」


 有無を言わせぬ占い師の姿に呆然としていると、横断歩道のほうから、聞き慣れた、鳥の鳴き声のような音が響いてきた。信号が青に変わったのだ。


 気付けばわたしは、横断歩道へ駆け出していた。


 ◇◇◆◆◇◇


 そうして、わたしは謎の占い師の導きによって、他校の制服を着た美少年と出会い、一冊の本を買って帰ってきた。


 あの美少年の制服は、確か私立の男子校だったと思う。頭のいい子とか、お金持ちの家の子が行く高校って印象だった。彼も、そういう子なのかな?


 それより……そう、そんなことより。


 この本だ。

 めちゃくちゃ面白い。なんて面白いんだ。

 内容は、いわゆるミステリー小説。日常の謎と、事件ものの間みたいな感じで、ちょうどよくハラハラできて、コミカルなシーンも面白い。

 今まで、探偵ものとかミステリー系のドラマは結構好きで見てたけど、小説もこんなに面白いんだね。知らなかった。

 舞台は今よりもちょっと昔の日本とアジアで、レトロな世界観がたまらない。

 こんな面白いものが、あの本屋さんにあったなんて!


 ネットで調べたら、シリーズもので続きもあるみたい。これはお小遣いをちょっと消費しちゃうけど、明日も続きを探しにあの本屋さんにいかなくちゃだわ。


 そういえば、あの占い師さんが言ってた運命の出会いって、あの美少年かな? だとしたらちょうどいいや。とりあえず、彼を当面の「片想い」相手にしよう!

 占い師の話もすれば、友達との話題も盛り上がりそうだし、その辺の悩みも解決だわ。


 最初は怪しいと思っちゃったけど、あの占い師さんには本当に感謝だな〜。今度会ったら、またチョコレートを買ってあげたいくらい!

 何者だったんだろう、また会えるかな?


 とりあえず今は、続きを読もうっと!


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