ラブ☆アンド☆ピース
川本たたみ
第1話
シマちゃんは煙草を吸っていた。
ファミレスのドリンクバーみたいに、次から次に吸っていた。
目下の灰皿はもう既にいっぱい。
あたしの狭い部屋はもう既にいっぱい。
だって物が捨てられない。
お気に入りの靴はかかとが擦り切れたって箱ごとしまっておくし、読まないくせに表紙の版画が綺麗だから大量の本も集めてしまった。
引き出しの奥のあたしは、数ヶ月毎に隣の男を替えながらわざとらしくピースサイン。
ラヴ☆アンド☆ピース
なんて滑稽な言葉だろ。
愛と平和?
それってクスリより飛べる?そうじゃなきゃ来月の家賃は払える?増税は食い止められる?
百均で百十円払わなきゃならないことに文句をつけながら、シマちゃんは赤いライターを買った。
あたしは靴ずれがひどくてバンドエイドを買った。
『あたしが殺されたら』
うん。
『マルボロとコートニーを』
うん。
『棺桶に入れてね』
平日の昼間、しょぼいデパートのマックはガラガラだった。
あたしの笑い声は高く響いて、シマちゃんは目が笑ってなかった。
需要と供給の話を社会のせんせーがしてたっけ。
ヨレヨレのカッターシャツに趣味の悪いネクタイ。
バカにするには恰好の的だった、ナカハラせんせー。
だけどあたしがピアスをなくした時探してくれたから、少し好きになった。
耳たぶに穴をあけるのは校則違反だった。
正直あたしは混乱している。
生と死には需要と供給があるの?
殺す人、殺される人。
シマちゃんは、あたしが持ってない愛を持っていた。
金はあたしの方が持っていたけど、それはたいしたことじゃなかった。
あたしは身を売れたけど、シマちゃんは売っちゃいけないことになっていた。
それが愛の所持不所持の差だと言っていた。
だけどシマちゃんはハイチーズ、でピースサインなんかしなかった。
ラヴ☆アンド☆ピース
シマちゃんはプラダのピンク色の香水を使っていた。
だーりんからの贈り物だと言った。
シマちゃんの香水嫌いが直った。
だーりんは普通だった。
髭男とあいみょんが好きだと言っていた。
あたしの分までお土産をくれた。
よくあるブレスレット。
タイに出張したらしい。
シマちゃんはテントウムシの時計をもらって、趣味じゃないと言ったきり肌身離さなかった。
ラヴ☆アンド☆ピース
シマちゃんは殺された。
バスルームの惨劇。
ケーサツを呼んだのは犯人だった。
愛していると泣き叫びながら、動かないシマちゃんを揺さぶる片手に真っ赤な包丁。
犯人はだーりんだった。
あたしはだーりんの顔面めがけて陶器の灰皿を投げたけど、やっぱりあたしにコントロール機能は搭載されてなかった。
フローリングを傷つける破片がキラキラ。
あーあ、またシマちゃんに叱られる。
先週もシマちゃんお気に入りのコーヒーカップを割ってしまったばかりだもん。
ごめんね、シマちゃん。
ごめんね。
ごめんなさい。
ごめん。
…
ラヴ☆アンド☆ピース
赤い靴をはいてタワレコに向かう。
あっぱれ秋晴れ、マルボロは赤いやつにした。
あたしは煙草を吸わない。
嫌がる客もいたからね。
コートニーもよく知らないけど、ジャケットで選んじゃえ。
あ、矢沢あい。
結構昔の漫画だけど、病院の待合室とゲオのレンタルで読んだんだよね。
やっぱ晃よりタキガワマンだな。
あたしマミリンになりたかった。
もう少し歳をとったら、タキガワマンもマミリンを殺してしまうの?
いくら考えたって、愛を持ち合わせないあたしにはよく分からない。
まあいいや、早く、帰らなくちゃ。
シマちゃんが待ってる。
ラヴ☆アンド☆ピース
外反母趾にバンドエイドを。
そして黒い靴に履き替える。
ラブ☆アンド☆ピース 川本たたみ @kawatata
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