銀河本屋伝説外伝、辺境星団にて

はに丸

イシカワの言うことには

 現在、世は、と言われている。

 某年某月某日、東アジアにある弧状列島の大型書店が、そのまま空へ飛び立って以来、宇宙には本屋による銀河が形成されている。大型書店どもは一種の都市国家となっており、ニーズに合わせた本の仕入れルート、販売戦略などを巡ってしばしば戦争が起きている。個人書店はそのような大型書店のスキマをついて、独自の展開を行い、趣味人に支持されることもあれば、無惨に散っていくものあり。しかし世は大本屋時代であり、雨後の筍のごとく本屋は新たに生まれていく。

「いやまあ、そういう時代なんだけどさあ」

 イシカワはため息をついた。中堅書店に務める彼は、仕入れた本のバーコードを目で読み取りながら肩を軽く動かした。コキコキと凝った音がする。電脳によるデータ送信により、新刊が全て届いていると認識する。棚ごとに分け、並べる作業が待っていた。

 電脳ですべてのデータが一瞬で読み取れる昨今である。手に持っている、ベストセラーミステリー小説『血染めのブラウニーを世界に流す』全390ページも一瞬で脳に流し入れてしまうことができる。ちまちまページをめくり、何日もかけて読む必要などない。

「なーんて、考えてるのかい? イシカワくん」

 店長のタカムラが、後ろから声をかけてきた。イシカワはあわてて電脳のチェックをする。ハッキングされたのか? となったのである。しかし、そのような形跡は無い。

「僕をハッキングするような、失礼なやつだと思っていたのかい。顔にかいてある。君は本が好きでもないのに本屋によく来たね」

 タカムラの言葉にイシカワは、不機嫌そのままの顔をする。

「ここ以外、全落ちしたんすよ。俺は本屋じゃなくて編集者になりたかったって、前も言いましたよね」

 イシカワのぼやきのような文句に、タカムラはハイハイ、と適当に返して、本を並べた。手作りのポップも飾る。ベストセラーミステリー! とあまり芸のない見出しと、簡単なあらすじである。

 銀河中に人類が広がり、伝達の高速化や安定を求めた結果、生まれたときから全員が電脳を持っている。電脳の正式名称はあるのだが、もはや当たり前すぎて略称が固有名詞となってしまった。

 情報処理を人間本体が容易にできるようになって、紙による書物は急激に廃れた。いちいち別媒体を読んだり保存しなくても良くなったからである。が、その後、爆発的に書物は売れ始め、必要不可欠となった。イシカワは、旅行雑誌を入れ替え、順番を確認すると、よし、と一人つぶやく。シリーズで統一感があり、このように並ぶのは気持ち良い。

 イシカワの働く中堅書店は、この星団区域一部にだけ数店舗を持つ、地域性の高い書店である。ゆえに、地元密着型で広く浅く揃えており、個人書店のようにニッチに走らない。すぐ近くにある個人書店は鉄道に関する本しかない。大昔、原始母星にあった乗り物で、いまだに人気が高く、わざわざそのレプリカを動かすための惑星まである。そのような深い趣味の本は、イシカワの職場にはなかった。

「予約していたのよ」

 近所のマダムがスキャンに手をかざして言った。イシカワの頭に直接来た予約票は、ボーイズラブ雑誌の最新号であった。カウンターの奥にある、取り置きから持ってきて、見せる。

「これでいいっすか」

「ヤダァ! もうそんなおおっぴらにしないでよぉ、店員さん」

 店員として砕けすぎていることより、本の確認に照れるマダムに、イシカワはうんざりした。このやりとりを、入社して配属されてから何年も、毎月させられている。

「そこまで言うなら、データで買えばいいんじゃないですか? かさばらないし、自分だけの秘密にできるでしょ」

 変なハッキングさえされなければ。

 こそりと小声で話しかけたイシカワに、マダムがやだもう、と言って笑う。

「それじゃ味気ないもの。……実は試してみたんだけど、本当に味気なかったの。不思議ね」

 そう、このミヤザワという還暦を過ぎた老女であるが、彼女は女学生のような瑞々しい笑顔を向けて、スキャンに手をかざす。ピロリーンという音を立てて、決済された。税込み価格1200円。

 マダムとのやりとりを見ていたらしいタカムラが、

「イシカワくん。お客さんと交わす言葉じゃないよ。あんまり酷いと、接客研修に出てもらうよ」

 と少し顔をしかめて言った。イシカワは即、すみませんでした! と本気で謝った。8時間の接客研修は地獄と同義である。

「……あの人もやってみたんだね、データ移行。あれ、僕も無理だった」

 タカムラが本屋を見回しながら言った。

「俺は、そんなことする気にもなれないっすね」

「え? お客さんに奨めてたのに?」

「毎回、あんな反応されたら嫌になりますよ。めんどくせえっていうか。まあでもデータとか、ダセえ。お勉強流し込みじゃねーんですよ。本は手にとって、ページをめくるのが醍醐味でしょ。俺、本が好きじゃないなんて、言ったことないですよ」

 そうなの? とタカムラが驚く顔をする。本屋でしぶしぶ働く姿、本を厭わしげに見る顔に、嫌いなのだと思いこんでいたのだ。まあ、イシカワは態度があまりよろしくない店員である。

「手にとって、表紙をめくりたいと思う。文字を読んでいると勝手にページをめくっている。少し重くてかさむ本でも苦にならない。電脳で読み取るだけじゃあ、味わえない。体で味わえるのが本、それを手に取れるのが本屋。通りすがりの出会いも、ある」

 結局、書物や本屋が滅びず、それどころか現在、とんでもない隆盛を極めている理由がこれであった。データはただの情報であり、その情報が娯楽に満ちていても、一瞬の処理もあってどこか虚しい。体で読む、という楽しみに回帰し、書物の出版は息を吹き返した。当初は通信販売が主であったが、直接手にとって買いたい、偶然の出会いによる広がりがほしいと、店舗が復活した。

 そうして今、書店銀河を形成し、綺羅星のごとく何億もの本屋がひしめき合っている。

「ママー。このほん、ほしいー。あのね、このみどりきれい」

「あら、ママも初めて見るわ。じゃあこれにしましょ」

 端っこの、絵本コーナーで母親と少女が楽しそうに笑っている。

「イシカワくん、うちに骨を埋めなよ。あの絵本を見付けて発注したの、君でしょ」

「嫌っすよ。俺は、本を作る側になるんです。絶対途中退社するんで。俺の本が並ばねえ本屋とか、ねえっすわ」

 イシカワはかったるそうに言ったあと、絵本の大きさに合わせた袋を取り出し、手を繋いで歩いてくる親子を待ったのだった。

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