幸福の魔導書

杉野みくや

幸福の魔導書

 私、不破芽衣子は最近たくさんの不幸に見舞われている。新品のコートに鳥のフンを落とされるし、発注した本は倉庫が全焼したとかで届かなくなるし、他にも上げたらキリがない。


 そんな日々が続いたが、ある日ひとつの噂話が耳に入った。誰でも幸せになれる夢のような魔導書が存在するらしい。私はその情報をもとに魔導書を探し回った。私の務める本屋のスタッフや店長にも無理を言って協力してもらった。


 そして今日、長い付き合いのある古本屋が件の魔導書を貸してくれた。店を閉めたあと、店長やスタッフらとそれの入った箱を開封した。


「これが……」


 見た目はハードカバーの小説と同程度の厚さをもった古本だった。百科事典並の分厚いものを想像していただけに、やや拍子抜けしたが、いざ中を開いてみると古めかしい文字がぎっしりと並んでおり、魔導書としての威厳を感じた。


 私は目次からお目当ての魔法を探し、そのページを開いた。そして文字通り、言葉を失った。見開き3ページにも渡る摩訶不思議な言葉を詠唱しなければならないからだ。しかし、引き下がるわけにはいかなかった。魔導書を左手に持って立ち上がり、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 


「——ポギャフラ カルサ エル メナン!」


 詠唱を終え、私はゆっくり席に着いた。そばにある水を口に入れ、乾ききった喉を潤した。


「ど、どうだ?なにか変化は?」


 スタッフのひとりが尋ねる。


「特に変わった感じはしないな。やっぱり噂程度だったのかな」


 そうぼやきながら先ほどのページをぼんやり眺めていると、とある文が目に入ってきた。


「『これはなり。詠唱者は魔法による幸福を今後一切享受できぬため注意されたし』!?」


 読むうちに声がだんだん上ずる。血の気が全身から引いていき、そのまま天を仰いだ。スタッフが心配そうに話しかけてきたが、私には聞こえなかった。


 私の不幸はまだまだ続く。

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