立ち読み、ダメ、絶対

石衣くもん

×××

 前置きが長い話を聞いてもらってもいいだろうか。

 私には、忘れられない漫画があった。もうかれこれ15年くらい前に本屋で立ち読みした、タイトルも、作者も、そして、結末もわからないホラー漫画が。


 その漫画と出会ったのは、おばあちゃんの家の近くにある大型ショッピングセンターの本屋さんだった。おばあちゃんの家には月に一回、日曜日に家族で遊びに行って、必ずそのショッピングセンターに買い物に行くことになっていた。

 ある日、まだ小学生だった私は、母の買い物が長すぎて途中で飽きてしまい、

「欲しい本がある」

と嘘を吐いて、本屋に向かった。あの頃は、本当は駄目なことだが、雑誌は閉じられていないものが多かったから、本屋で漫画雑誌の立ち読みができたのだ。


 私は漫画を読むのが大好きで、少女漫画も少年漫画も、あと歴史漫画やホラー漫画まで、ありとあらゆるジャンルのものを読んでいた。しかし、雀の涙ほどのお小遣いではたくさん購入できないので、図書館で借りたり、こうやって本屋で立ち読みをしたりして、一等気に入ったものをお小遣いを貯めて買っていた。いわば情報収集のための立ち読みでもあったのだ。


 ショッピングセンターの本屋は、近所の本屋とは比べ物にならない広さで、見たことも聞いたこともないような雑誌も置いていた。初めて来た時には、それはもう感動して、時間が許す限り漫画チェックをしたが、何度か来るに連れて内容をチェックする雑誌は五冊程に固定されていた。


 その内、三冊がホラー漫画で、一つは「ミステリーベロア」という読み切りのホラー漫画とSF漫画が中心の雑誌だった。この雑誌は絵が綺麗で、後味が悪い系のものが多かった。


 もう一つは「本当は恐ろしいお伽噺」という、歴史や童話、お伽噺の内容を少し怖く、かつエッチにしたものだった。歴史ものは連載も多く、童話やお伽噺は短編の読み切りが多い雑誌で、マイルドなエログロという嗜好の雑誌だった。


 そして最後の一つが「サスペンスS」という雑誌で、リアルな猟奇事件や、少しだけSF要素の入ったホラー漫画など、とにかくグロに寄せた雑誌であった。これにはマイナー雑誌の連載のわりに有名な「バンパイヤバスターかれん」という、美少女がバンパイヤを殺しまくる漫画が連載されていた。小学生が読むには少し刺激が強い漫画が多い印象であった。


 私の忘れられない漫画は、恐らく、この三冊のうちのどれかに載っていたのだ。そこまでは絞れるのだが、今となっては三冊のうち二冊は廃刊になってしまっている。せめて掲載雑誌か、作者がわかればこのインターネットによる情報過多どころか飽和時代に検索することはできたと思うのだが、いかんせん、一時期私はこの漫画の記憶を消そうと必死だったので、いつ頃この漫画を読んだかも、ハッキリとは覚えていないのだ。


 というのも、小学生の私にトラウマを植え付けた漫画でもあるからだ。私はこの漫画のせいで植物が苦手になった。もうすぐ三十歳になる今でも、花を素直に綺麗と思えないのである。結構なトラウマになってしまっている。


 その漫画について覚えている情報はこうだ。


 主人公は高校生の女の子で、彼女は園芸部の部長だった。園芸部にはメガネの女の子と、乱暴者の男の子もいて、部長はいつも男の子と喧嘩していた。

 ある日、園芸部の活動中に植えた覚えのない植物が花壇に生えていた。紫色の不気味な植物に蕾がついていて、なんだろうとメガネの子が近づくと、突然蕾が開き、花の中にはトゲがたくさんあった。そして、その花がメガネの子の足を食いちぎるのだ。

 そして、なんやかんやあって、部長だけがその花と戦うことになって、男の子がメガネの子を連れて逃げようとしている時、その花が何か丸いものを飛ばしてくる。男の子たちの目の前に落ちたそれは、全身を球体にされた部長だった。


 もちろんこれはまだ途中だったのだが、私は、そのページで雑誌を閉じ、本屋から走って逃げた。母の元にたどり着いた時

「あんた顔、真っ青やないの。大丈夫か?」

と言われるくらいにびびったのであった。


 正直、今考えてもそんなに驚くような設定のホラー漫画ではない。立ち読みしていたバンパイヤバスターかれんではバンパイヤが腕を切られたり、目を潰されたり、なんなら全身を球体にされるよりもっと酷いことをされていても、平気で読んでいたのに。

 何が琴線に触れたのかは今でもわからないが、私はその花の妖怪みたいのが人間を球体にして投げてきた、ということに、これ以上ない恐怖を覚えたのだ。


 そこから数日は、自分がその花を学校で見つけたり、球体にされたりする悪夢に魘され、私はその漫画のことを一日でも早く忘れられるように努力した。

 でも、時折思い出し、そしてまた忘れようと努力することの繰り返しだった。


 そして大学生になった時に、ふと思いつく。これはあの漫画の結末を知らない限り、自分の中で一生消化できないのではないか、と。

 そう、恐れ戦き、怯えていたあの漫画の結末を、私は知らないのだ。十中八九、男の子とメガネの子も死ぬだろう。だが、誰かがあの花を退治するかもしれないし、もしくは全人類を滅ぼすくらいしているかもしれない。


 こうなると、今度は結末が気になってしょうがなくなってしまった。しかしながら、私が大学生の頃に、すでに二冊は廃刊になっており、一冊は月刊誌のままであったが、いずれの雑誌もバックナンバーは読めなかった。

 思いつく限りの単語をインターネットの検索ワードにいれてもヒットせず、掲示板のスレッドに「思い出せない作品を皆で思い出そう」というのを見つけて、投稿もしてみたけど、誰からも反応をもらえなかった。


 私は、より一層、その漫画のことを気にするようになっていた。呪いの漫画といっても過言でないほど、私に纏わりつくそれに、最初に抱いたのとは別の恐怖を抱いていた。


 そんな私は、ひょんなことから、件の漫画を入手したのだ。

 それを見つけたのは、他でもないあの祖母の家の近くにあるショッピングセンターの本屋さんだった。

 夏のホラーフェアと銘打って、特設コーナーに置いていた「黒原ゆう短編集」という漫画の表紙を見て、絵が似ていると思ったのだ。中を確認することはできないが、何故か確信を持っていた私はその漫画を買って帰った。


 黒原ゆう先生は、漫画を探す中で何度か、この人が作者ではないか、と疑ったものの、該当する作品がなかった。この短編集は十年前に出版されたもののようだから、検索画面では見たことがあったはずなのに、その時は何も思わなかったのだ。実物を見て、これだ! と思わせられたなんていよいよ呪われているのではないかと不安になってきた。


 前置きはここまで。

 聞いて欲しかったのは、この漫画のオチが、実は生きてた部長と男の子が付き合って終わるというまさかのハッピーエンドで、そのことがわかるのは球体のページから、わずか3ページ読み進めればわかっていたのに、15年以上もトラウマとして引きずることになってしまったのは、立ち読みという悪行をした私への罰だったのではないかと思っているんだけど、あなたはどう思いますか?

 

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