2話 序章 Bパート『急転浮上』

「『やるならば全力で勝て』。

 それがバークスウィート家の家訓。

 そう言ったのは、ワーナーなのだわ」


「ふざけるなッ!!

 それは間違っていないが――

 

 お前はわかっているのかッ!!!」


お嬢様のポエットと、執事のワーナー。

この二人は少々、上下が逆転した特殊な関係である。


武術や勉学、芸事において、彼女たちは師弟の関係にある。

また、ライラはポエット専属のメイドだが、ワーナーはそうではない。


ポエットの父親の専属執事であり、

娘の監視と教育を目的に、娘のもとに置かれているだけ。

つまり、主人の娘に対しては、直接服従する義務はない。


その前提での『お前』呼びなのだが、

二人の関係を知っている人物に、

異論を唱えるものは誰もいない。

そんなこと、よりも。



「別にいいじゃない。

 彼女も決着を望んでいるのだから。

 一度くらいなら、お父様にバレたりしないのだわ。

 いい加減、二度と逆らうこともできないように。

 バークスウィート家の真の力を、見せてあげるのだわ――

 『解放リリース』」


たった一言の呪文。

通常ならば、妖精との契約状態をする、

つまり自由の身にする言葉ワード


しかしこの、こんぺいとうだけは、意味が異なる。


浮遊するメタリックホワイトの宝石が、

世界の改変を始める。

白くまばゆい光が中庭全体を包み、

すべてを新雪のような銀世界へと塗り替えようとする。


しかし、

そうはならなかった。


出来事は一瞬だった。

こんぺいとうに、ひびが入る。


宝石こんぺいとうという名の檻は、

光の衝撃に耐えきれず、


激しい爆発音。

中庭全てが吹き飛ぶかのような衝撃に、

逃げられなかったその場の全員が、目と耳をふさぐ。


銀世界のように漂白された光の中に、数秒包まれる。

彼女たちの世界は終わったかもしれない、かのように思われた。


しかし、その光は収まり――

その場に残されたものに、彼女たちは唖然とすることになる。



「外に出たのちょー久し振り! 

 これ好きにしていいってことだよね? ね?」


「かったるーい。

 でも、とじこめられるのもめんどうピヨ」


「うーん、また封印されちゃう前に、

 逃げた方がいいのかしらね」


「ごめんね、ごめんね、ごめんね。

 でも、お外に出たかったから……」


「……」


「なっ……!?」


現れたのは、五色の妖精。

一人はベリータルト、一人はホットケーキ、一人はエクレア、

一人はミントアイス、一人はチョコレート……

全員の衣装や髪飾りが、お菓子やフルーツを彩っているかのような

デザインをしている。


魔法の力が飽和してしまっているのか、

彼女たちの周りだけが、異様な空気感に満ちあふれていた。

魔力に抵抗のないメイドや執事たちが、次々に倒れていく。


ふわふわと浮遊する妖精たちは、

あくびをしながら、思い思いの言葉をしゃべり。

お互いを見合って、何かをうなずいてから。


四方八方へ、逃げ出した。



「逃げたな……」

「逃げましたね……」

「逃げたのですわ……」


「な……な……」


いきなり起きたことに頭が追いつかず、

綺麗にそろえられた芝生にひざをつく、ポエット。

その様子を見たシュヴァルディは、ここぞとばかりに言質を奪う。



「おーっほっほっほ!

 それで、バークスウィート家の真の力って、何のことかしらぁ?」


「……るさい」


ポエットは震えている。

その様子に、シュヴァルディは耳を傾けるようなポーズを取って挑発する。



「うっ、うるさいのだわッ!

 よ、よよよ、妖精が逃げ出したくらいで、すぐに回収すればいいのだわ!

 お、お父様なんて、怖くもなんとも……」


「おかんむりだろうな。緊急事態だから仕方がない。

 あれほどの魔力……伝説の『おかし妖精』……実在したのか……。

 すぐにリュード様に報告しなければ」


顔面蒼白になっているポエットに横槍を入れたのは、

煽っている最中のシュヴァルディではなく、

冷静に指摘するワーナーだった。


彼は無情にも、この混乱した場を収めることもなく去っていった。

ポエットは何もできず、顔を両手で覆い、

恐怖で身動きが取れなくなっている。


宝石剣ルーベルは、

芝生の上に転がり落ちていた。



「お嬢様、わたくしがいながらこんなことに……。

 申し訳ございません……うぅっ……」


ライラが寄り添って涙するが、

今のポエットには届かない。



「足がガクガクしていますわね。

 そんな有り様で、あたくしと戦えるのかしら?」


シュヴァルディの挑発に、

震えながらも、かろうじて立ち上がる。


残された宝石剣ルーベルを拾い上げ、

彼女の前で、剣を横へ振った。



『やるならば、全力で勝て』。

その家訓が、ポエットを突き動かしていたからだ。


「なっ……。あんな妖精なんていなくても、たっ、戦えるのだわ!」

「その言葉を待っていましたわ。この白銀の槍がお相手――」


することは、なかった。

直後に差し込まれたのは、漆黒の剣と槍。


前に出ようと、同時に踏み出した二人の足元に、

どす黒いオーラを漂わせた剣がポエットの前に、

槍がシュヴァルディの前に突き立ったからだ。



「――否。その勝負、預からせてもらおうか」


二人に聴こえたのは、

音がねじくれたような、まがまがしい声。


二人が、漆黒の武器を差し込まれた方向――

中庭の出口の扉の前には、

同じく漆黒の魔力に包まれた鎧の、

黒い騎士が立っていた。


彼を止める者は、

誰もいない。


なぜなら、ほとんど全ての執事とメイドは

先ほどの妖精の騒動で倒れてしまっており、

ワーナーも、主人への報告のために

この館を去ってしまったのだろうから。


よって、この未知の存在に相対するのは、

ポエットとシュヴァルディ、そしてライラだけであった。



「な、何が起きているの……?

 侵入者……?」


「我が名は『黒騎士アートルム』。

 この館はたった今、我輩が預かり受けることにした」


「な、なんですって!?

 そんな横暴、許さないのだわ!」


プフッ、と吹き出す声が一瞬聞こえた気がするが、

ポエットは無視し、彼女には珍しく、

怒鳴りつけるように反論した。



「フン。貴公がどう思おうが勝手だが、この館は既に我輩の物。

 もはや、自力のみで取り戻すは不可能だと悟れ」


「……そ、それなら、あたくしたちは、

 閉じ込められましたの!?」


黒騎士アートルムの言葉を聞いて、

今の状況をさすがに笑ってもいられなかったのか、

シュヴァルディも焦った様子を示す。


しかし、彼女シュヴィには興味がなかったのか、

黒騎士アートルムはあっけなくネタ明かしをする。



「否。貴公たちを館に閉じ込める気はない。転送くらいはしてやろう。

 我が館を取り返したければ、強くなって、我輩の元へ来るが良い」


「なッ……!」


余りに余りな言い様。

反論したいポエットを他所に、

黒騎士アートルムは、漆黒の魔法陣を次々に出現させる。


倒れていたメイドや執事たちが、

次々に魔法陣に飲み込まれていき、消えていく。


ポエットが抵抗しようと、

黒騎士アートルムへと手を差しのべる。


そのポエットを助けようとして、

ライラも彼女の方へ手をのばす。


二人があっけなく漆黒の魔法陣に飲み込まれ、

それを見ているしかできなかったシュヴァルディも、魔法陣に飲み込まれ――

中庭には、黒騎士アートルム以外、誰もいなくなった。



◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇



「……ここは、どこでしょうか」


意識を失っていたわけではない。

しかし、一瞬意識が飛んだような変な感覚で、場所の感覚を見失う。

ライラの言葉に気がついたポエットは、周りを見渡す。


そこは、崖の上の丘だった。

バークスウィート邸の周りは、ちょっとした森に包まれていたが、

その近くには小さな山があり、崖になっていた。


その地点からならば、

バークスウィート邸の様子がよく分かった。

今思えば、黒騎士アートルムを名乗るあの存在は、

ここから状況偵察をしていたのかもしれない。


空間転送。

通常ならかなり発動条件の難しい高度な魔術であり、

町の中心に置かれた巨大な『転送石リアストーン』などの媒介を

座標として配置しなければ、発動が難しいとされるもの。


しかし、周りにそんな『転送石リアストーン』はどこにもない。

つまり、自由自在に対象を空間転送できるほどの魔力と魔術を

持っていたことになる。



バークスウィート邸を目の前に眺めている、

ポエット、ライラ、シュヴァルディ。


その直後に起きたことは、

更に予想を超える出来事だった。


館全体が空中に浮き始め、その土地ごと浮上したのだ。

半球状に刈り取られた土地は、

館とともに、上空遠くに昇っていく。


その後、動きを止めたかと思えば、

丘とは反対側の、遠い方向へ向かって小さくなり――

最終的には消えた。


残されたのは、森の中にがっつり削り取られた、

半球状の盆地だけだった。



「な、何が起きていますの……?」

「分からない……何も分からないのだわ……」

「しっかりしてください、お嬢様」


こんな状況、誰にも理解できない。

幼い頃から住んでいたはずの巨大な邸宅が突然、

土地ごと空中浮遊して、飛び去って行った。


それも、名ばかりの所有権だけの立場とはいえ、

持ち主の目の前で。


「……と」

「と?」


ライラが、きき返す。



「と、取り返せばいいのだわ!

 そう、家が奪われたら、取り返せばいいのだわ!

 黒騎士アートルムって、一体何者なのかしら!?」


「分かりません……。

 で、ですが、目的は必ずあるはずです!

 冒険に出ましょう! お嬢様!」


「そ、そうね。

 可愛い子には旅をさせよと言うし、

 少しくらいスペクタクルなことがあっても……」


何とかひねり出した言葉。

無為に残された、ポエットとライラなりの発言だったのだが。



「自分で可愛いとか言って恥ずかしくない?

 館のことは、同情しますけれど……」


途中までは好敵手ライバルの失敗を

笑っていたシュヴァルディだったが、


さすがに館を奪い取ると宣言されたとはいえ、

空の彼方に飛んでいくとまでは思っておらず、

困惑と同情の気持ちを隠せなかった。



「ワーナーさんが、『おかし妖精』と言っていましたね。

 そのお名前で合っていましたら、逃げた『おかし妖精』は五人……。

 先ほどは逃げられましたが、あの妖精たちの力を、借りましょう!

 彼女たちと合流してから、黒騎士アートルムに挑みましょう!」


限られた状況の中で出しうる、もっともらしい指摘だった。

そんな様子を見て、どうでも良くなったように、

シュヴァルディが告げる。



「再戦、どころではないですわね……。

 邪魔するのも悪いですし、出直してくるのですわ」


「それでは、わたくしたちも行きましょう。

 まずは、今夜の宿を考えなければいけませんし……」


「え?」


シュヴァルディが立ち去ってから、ライラに告げられた言葉に。

ポエットは硬直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぽえっとさん 花恋(かれん) @sevenfold_fairy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ