ぽえっとさん

花恋(かれん)

序章

1話 序章 Aパート『急転落下』

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『今までに当たり前だったことが、当たり前でなくなったら?』

そう、難しい質問ね。


気づけないのは過失としても。

その後どうするかは、その人次第だと思うのだわ。

あたしだったら、こうする。


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「決勝戦――ポエット・バークスウィート、

 対、カストール・ルシア・ペンシルバニア!

 両者とも、前に出て下さい!」


呼ばれた両者は、真正面に並び立つ。

風に揺れる、二つのブロンドヘア。


ここは闘技場。

石の円状の壁に覆われた、土と砂のフィールド。


壁の上には観客席が並んでおり、

上座の一方向だけが、特等席として区切られている。


王と王妃が座り、

この戦いを静かに見守っていた。


ここは、ただの闘技場ではない。

ルシア王国の首都モスコ――つまり、王国の中心地。



「待つのも面倒だから、さっさと来い。

 この錬金剣の錆にしてやるよ、へへっ」


先に言葉を発したのは、

カストールと呼ばれた少年。


腕までまくられた白のシャツの上に、

胴体や関節部をガードするだけの、

可動性重視の黄金色のアーマーを着ていた。


太陽が高く昇っているこの状況で、

光沢が強烈に反射されるそれは、

高級感を嫌味ったらしくアピールする。


肩に担いでいたのは、

ゴテゴテの機体でコーティングされている大剣。


錬金剣と呼ばれた重厚感のあるそれを、

両手で前方に向け、相手を挑発した。


しかし。



「錬金剣の錆になるのは、

 貴方のほうだと思っていたのだわ」


トーンの変わらない声。

ポエットと呼ばれた少女も、全く負けていない。


ピンクに白のインナーの優雅なフリフリのドレスに、

真紅の宝石の片手剣。


ご丁寧に、ピンクのリボンと

薔薇の造花のついたドレスハットまでつけている。


腰以上の長さがあって左右へと広がる、

無駄にカールのかかりまくった、

つやつやしいプラチナブロンドの髪。


何も知らない人が見れば、

どこぞのお嬢様が決闘場に迷い込んだ、

と思うことだろう。


一見、こんな場所に全く似つかわしくない格好であるが、

ドレスのスカートはやや短めに作られている。


カストールに対抗するかのように、

片手で突き出された片手剣は――

なんと全部が


しかも、様子を見る限り、鞘は全く見られない。

つまり、ということである。



「その家宝の宝石剣ルーベル

 今度こそへし折ってやるよ」


「……やれるものなら」


言葉の応酬。

しかし、ポエットの声色が変わることは、一度もない。


感情のない声。

カストールは、深くため息をつく。



「相変わらず、その格好か。アーマーもつけようとしない。

 ハンデのつもりだろうけど――

 後悔するなよ?」


ただ一言、後悔するなよ、という言葉だけに反応して。

ポエットは告げる。



「勝負は、一瞬」

「始めっっっ!!!」


司会の声。戦いの幕は、切って落とされた。

カストールは、大剣を思い切り上空に振り上げてから、

大地へ思いっきり突き立てる。



「喰らえッ!!

 オレの新技、『地烈斬』ッ!!!」


空気の刃と同時に大地が割れ、

ポエットの方向へと切断面が走る。


開幕直後からの大技。

派手なばかりの、大雑把な攻撃。

当然だが、ポエットはカストールと対面して右側に、

あっけなく避ける。


だが、その後ろの壁の上にあるのは、観客席。

切断面は壁へと激突して壁を破壊するだけで済んだが、

空気の刃はそのまま観客席へと襲い掛かった。


しかも、その衝撃波は乱れ、

複数の方向へと飛んで行った。



「あぶねーぞ王子!」

「ミスってんじゃねえよ! おれたちを殺す気か!」


「へへっ。

 パフォーマンスだよ、パフォーマンス」


飛んできた罵声は、破壊された観客席の近くからではない。

カストールから見て、斜め前の方角の観客席からだった。

つまり、衝撃波の飛んで行った方向。


カストールの前方にだけ、観客が誰もいない。

試合前からぐへぐへ笑っていたカストールを見て、

観客全員が、おおよその状況を察していたのだろう。


ケガ人は誰もいなかったようだが、

一部の観客は激怒している。


ポエットはその様子を見ていた。

駆け出したのは、一瞬。



「まとえ、炎よ……『フェアリー』」


炎だけでディテールが描かれた "何か" が出現した直後に、

宝石剣ルーベルが、紅く光り輝く。


大技を発動し、剣を抜くまで動けなくなった直後のカストールに対して

一気に間合いを詰め、真正面から至近距離に迫り、

直後に一言。


「『シュナーベル』」


刺突の三連撃。黄金色のアーマーが "割れる"。

だが、すっぱり割れたのは、肩の部分だけ。


「なっ……!?」


後方に割れた鎧を吹き飛ばしながら、

自身も後方に倒れ込むカストール。


強い衝撃に耐えつつも身体を起こそうとした直後、

赤く燃える宝石剣ルーベルが、

彼の喉元に突きつけられる。



「勝者ッ!!! ポエット・バークスウィートッ!!!」


鐘が鳴らされ、勝負が確定する。

宝石剣ルーベルの光が消え、熱もなくなっていった。


「ちっ……また、かよ……」


喉元にさらされた『現実』を目の前にして、

カストールは力なく、仰向けに寝転んだ。


ポエットは剣を引き、軽く横に振ってから、

無言でそのまま去っていく。

優勝したと、分かっていながら。


魔法によって音声が拡張された司会のアナウンスだけが、

熱狂的に響く。



「常勝のチャンプ、今回も余裕の優勝ですッ!!!

 第一王子カストール、勝利は叶わなかったァァァ!!」



◇◇◇◇◇ ◇◇◇◇◇



「おかえりなさいませ、お嬢様」

「ただいま、ライラ」


ここは、バークスウィート邸の中庭。

つまり、ポエット自身が所有している豪邸の中庭である。


三階まであり、中庭が四角の棟で囲われた形の邸宅だが、

一人が十分に住んでいけるほどの広さの部屋があり、

部屋の高さにも余裕が見られる。


廊下を除いた、部屋の数は合計で百を超えている。

階段も四角形の角にあたる位置に四つある。


主人たちだけでなく、メイドや執事たちも生活できるような、

共同住宅の体を成していた。


誰よりも率先し、笑顔でポエットを迎えたのは、

幼馴染でポエットのおつきの、メイドのライラだった。

それに続くのは、何人ものメイドと執事たち。


出かけた直後は、いつもの光景であるのだが、

ポエットは静かにため息をつく。


自分が勝手に外出したことが、

既に周囲に熟知されていたからだ。



「はぁ……また、抜け出したのですか?」

「武術大会に出てきたのだわ。これが賞金ね」


ため息をついたのは、彼女だけではなかった。

執事長のワーナー。


どっさりと、ワーナーの目の前にお金の入った袋を差し出す。

それを受け取ったワーナーの小言をスルーしながら、

ポエットは片手でひらひらする。



「承りました。

 しかし、勝ったから良いものの……」


「『やるならば、全力で勝て』。

 それが、バークスウィートの家訓。

 あたしが負けるとか、ありえないのだわ」


余裕を崩さず、感情のない声で、軽く笑うポエット。

そんな彼女の前に、突然、何かが振り落とされる。

白銀の長槍。



「なるほど。

 武術大会が静かだと思ったら。そういうことね」


こんなことをする相手は、一人しかいない。

ポエットは、槍を振り下ろした本人を、目の前にする。



「あたくしが、お相手いたしますわ」


自称:好敵手ライバルが、高飛車な表情で笑っていた。

胸元に細い赤のリボンをあしらった、白とダークグレーのドレス。

腕を包んでいる同色グレー手袋グローブ


黒のメタリックなネコ耳に、黒と見紛うようなダークブラウンの髪。

首から胸下までの毛先が、白く染まっている。



「どういうつもり?」


彼女が挑んできた理由なんて、

ポエットはとっくに分かっているが、話を進めるために質問する。

そうしなければ、紅茶もゆっくり飲めないからだ。



「おーっほっほっほ!!

 連戦で疲れた後なら、このシュヴァルディを無視する余裕もなくてよ!

 今日こそ、あたくしの勝利で決着してみせますわ!!」


通称:シュヴィ。

本来ならば、武術大会でぶつかっていてもおかしくない相手。

いつもこんな調子でしゃべるものだから、

彼女シュヴィが大会にいると騒がしくなる。


カストールとシュヴァルディ。

この二人は、自らをポエットの好敵手ライバルだと自称しているが、

ポエットが


ポエットがお茶を飲んでいれば、何度も勝負を仕掛けられる。

武術だけじゃない。チェスや乗馬など、別の競技でもだ。


必勝が当たり前で、

表情を変えたことなど、一度もない。



一方で、執事で剣術の師匠だったワーナーに挑んで


(『世界が広い』なんて、嘘だ)


ワーナーの口癖。

ポエットが挑んでワーナーに負けるたびに言われていた。

強いのは、師匠ワーナーだけではないのか、と。


この国――モスコ王国では、子どもから成人するまで、

王立学校に7年通い、卒業したら成人扱いである。


学校を卒業したら、後は父上の命じるまま、

社会人きぞくとして生きていくだけ。


これ以上、無為に重ねる勝利に、

一体何の意味があるのか。


感情の糸は切れるものなのだと、彼女は理解した。

無視をするのも、わずらわしい。


ポエットは、

深く深く、ため息をつく。



「無視しなければ、良い訳ね」


一度目を閉じて、

深呼吸すると。


ポエットは、腰に差していた深紅の鞘から

宝石剣ルーベルを抜き、横なぎに払う。


そして唱える。



「こんぺいとう――我が前に、現れよ」


剣が白く光り、

ポエットの目前の空中が、

剣と同色のまばゆい光を放つ。


ポエットの目前に現れたのは、

鈍いとげだらけの形の、透明な結晶。



「っ……!? お前、それは……ッ!!」

「お嬢様、いけませんッ!!」


この流れも、終わらせる。

目の前の何もかもを、はっきりと。


反対するワーナーとライラの言葉も、

ポエットの耳には入っていない。



「みんな、勘違いしているようだけれど。

 宝石剣ルーベルは、宝石しょうかんせきを使ったレイピアじゃない。

 なのよ。


 いにしえの魔術で編成された、

 最高級の星紅玉スタールビー


 手に持っているだけで、

 使い手に魔力がある限り、

 召喚できる。


 そう、魔力があれば、

 いくらでもね。


 何度でも、剣術という形で、

 妖精の魔法ほのおをぶつけるだけ。

 

 妖精魔法は強力な上に発動も速いから、

 詠唱魔法を使っても、

 道具のコストで魔力を増やす錬金術を使っても、

 勝てない。


 それでも、魔力が尽きれば、

 いつかは勝てるんじゃないかって考える。

 だから何度もしつこく、

 あたしに挑み続ける。


 でもね。例外が、

 たったひとつだけあるのよ。


 バークスウィート家の秘石、こんぺいとう。

 妖精魔法の奥義。


 この秘石自体が魔力を秘めていて、

 妖精魔法を使い続けることができる。


 その力を全て解放さえすれば。

 すらも引き起こす」



言葉を、そこで止めて。

はっきりと、シュヴァルディの目の前で告げる。


「これでをつけるのだわ」

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