ひまわりがあおぐあおいそら(勝真)
良く晴れた夏の空に、向日葵が映えていた。
葵衣が背丈を比べて勝ったと得意げにしていた向日葵は、奏良の身長とはいい勝負かもしれない。
向日葵に挟まれて人目の少ない道は葵衣のお気に入りの一つだった。こっそりと手を繋いで歩くのに良いのだと、照れながら勝真の手を引く葵衣の姿はとても微笑ましかった。
途中で雨が降り出して、この道を走り抜けたこともある。名残惜しそうに向日葵を見ていた葵衣に、売店で向日葵の写真の載った絵葉書を買った。
頻繁に訪れた訳でもないこの場所にも、懐かしい思い出がたくさん溢れている。
勝真はしみじみと葵衣の好きだった景色を眺めていた。
物珍しそうに周囲を見渡していた奏良が、急に小走りで勝真の少し前まで躍り出た。
勝真は不思議に思って足を止める。
奏良は、しばらく向日葵畑の光景をじっと眺めていた。
まるで最後に、別れを惜しむかのように。
くるり、と奏良の身体が振り返った。
「また見られるなんて。新しく大切な思い出が増えちゃった」
じんわりと浮かぶ涙を誤魔化すようにへへっと照れ笑いを浮かべる葵衣に、勝真は静かに頷いて歩み寄り、そっと抱きしめた。
「嬉しいな」
「ああ」
悲しいのに、幸福に満ち溢れていた。
きっとこの世界の誰よりも、恵まれて祝福された別れだ。
出会えたことを、今まで共に過ごしてきた時間の全てを得難い幸福だったと思える、そんな別離なのだ。
「ありがとう」
勝真の腕の中で、葵衣は幸せそうに微笑んだ。
「俺は世界で一番幸せだったよ。ありがとう」
葵衣のほんの少し涙で震えた声が、柔らかく言葉を紡ぐ。それから勢いよく顔を上げて勝真をじっと見つめた。
「だから、勝真も幸せに生きて」
勝真は葵衣の顔を見つめ返して、静かに微笑みを返した。
「俺はもう、幸せに生きている。これからもそうだ」
葵衣はぱちりと目を瞬かせると、また照れたように笑って勝真の胸に額をつけた。
「嬉しいなぁ」
小さく何度かそう零して、言葉なく唇が”あいしてる”とかたどった。
勝真はそんな葵衣を見つめ、抱きしめた腕の内で感じていた。
最後の一かけらも、見逃さないように。
「ありがとう」
幸せそうに呟いて、葵衣がぎゅっと勝真の背中を抱いた。
―――そして、数秒。
抱いた肩が震え、はくはくと唇が戦慄いて荒く呼吸を繰り返した。
背を抱く手にぎゅっと力が籠り、身を引き裂いたような慟哭が耳に響いた。
その背を宥めるように緩く撫でながら、勝真は深く息を吐いた。
そうか。葵衣は旅立ったのか。
初めて大切な人を失った奏良が泣き崩れる姿にそれを悟って、勝真は腕の中の小さな身体を慰めながら、晴れ渡った空を見上げた。
青く澄んだ空から二人を見守るように眩い光が降り注いでいる。
世界には葵衣が愛したものが数多くあった。
葵衣が残していったものは、勝真にとって大切なものだ。
死ぬつもりだと笑って言っていた青年が、葵衣を想って泣く。その温もりのように。
からのあきばこ【第三倉庫】 ちえ。 @chiesabu
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