第4話 気晴らし
スカイラインGTを洗車する光景は天気の良さげな土曜日の午前中なら山鹿家では普通で父親・史矢がせっせと丁寧に水洗いしたあとは、じっくりワックスして磨きあげる。同時に隣の母親・麻郁用のネイキッドも一緒に洗車すると、しっかり昼での時間は潰れるのだが、この日は麻矢が珍しく外に出てきて手伝い始めた。藝大美大進学予備校の特待生認定試験を受けて年間の授業料半額の待遇を手に入れた翌日のことだ。
「お母ちゃんの、洗おうか」
「ん、頼むよ、浪人生」
「浪人よ、ねえ。これまで春休みの時期なら遊びほうけていてもなんの抵抗もなかったのに」
「完全に浪人生やしな、今年は」
「やっぱり属していない身分は落ち着かんね、じっとしていられん感じ」
「ふーん? そうなんや」
「オトさん≪お父さん≫はわからんやろ、浪人したことないし」
「じっとしていられんから洗車でも手伝うってか。まあ、いいやん。お母ちゃんのクルマきれいにしてやって」
洗車はやたら水をぶっかければ良いということでもない。汚れは上から下に流していく。汚れが目立つなら石鹸水をなくべく泡立ててボディーに置いていきスポンジで優しく擦ることで汚れと一緒に古くて日焼けしたワックス成分も落ちて曇っていた車体色本来の輝きも取り戻せるので、この石鹸洗いは重要。
麻矢がこの工程を済ませた母親のネイキッドは紺藍色が引き締まって見えた。
「ん、なかなかうまいね。慣れればもっと早くできるよ」
「ワックスかける? 拭きあげようか」
「待って、もう少し待って、自然に水滴が流れるまで」
クルマのボディー光沢仕上げ用のワックスは、その製品特性によって塗りこむタイミングが異なる。いま山鹿家で使っているのは固形タイプのワックス、つまり成分が硬めなのでボディーに水滴が残っているうちに薄く塗り広げていくタイプなのだ。
「このワックスをスポンジに軽く塗り付けたらボディーのパネルごとに薄く伸ばして磨くようにしていく」
父親・史矢はそう言いながらスカイラインGTの広いボンネットフードにワックスを塗りこんで見せた。
「パネルごとって?」
「ボンネットやトランクフード、屋根、ドア1枚ごと、前と後ろ右左のフェンダーとかの部分部分ごとにってこと。薄く塗り伸ばせばいいっていっても区切りがないとキリがないしね」
「フェンダーってどこ?」
「あ、タイヤを覆っているパネル、4か所」
「タイヤはどうする?」
「タイヤ部分は後回し、最後に。水洗いは終わってるから拭きあげるだけでもイイけど、タイヤにも専用のワックスがあるから」
スカイラインGTは3ナンバーサイズだが、ネイキッドは軽自動車なので車体の面積は半分ほどではあるが、スカイラインより後でワックスに取り掛かった麻矢の施工によるネイキッドのワックス仕上げは手際良くて、洗車ワックス仕上げのベテランの父親より早く終わり、ワックス掛けの後の乾拭きで光沢は更に増していた。
「へえー、うまいもんだ。初めての洗車仕上げにしては上出来だし」
「~ですか、誉められると気持ちイイねえ」
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