第2話 ヘビースモーカー川本厚

 浪人生を迎える進学予備校の立ち上がりは早い。

 山鹿麻矢が来春の東京藝大受験を目指すべく特待生として入校した藝大美大進学予備校。2007年度の生徒は4月1日に簡単に形式的な入校式を済ませて担当講師の紹介の後、すぐに午前中2コマの学科授業に入った。

 4浪目に突入した川本先輩は、さすがに慣れたもので、ひょうひょうとした態度で校内を行き来する。授業中にもかまわずトイレに行って喫煙休憩だ。そして残留煙の臭いを漂わせながら麻矢の隣の席に戻って来る。

 

 昼休みは2人でコンビニ店へ。麻矢の母親が弁当を作ると言ってくれたが~最近食欲が無いので戻ったらお願いします~やんわり断ったのだ。

 麻矢は牛乳パックとアンパンを、川本厚はとにかくタバコを吸えればよいので菓子パンを2個買ってイートインコーナーへ。

「川本さん、よく再浪人、許してくれましたね両親が」

「4浪目だしな、普通はダメだけど今回は特待生の半額になったから」

「えー、今回はですかあ。前の年は特待生じゃなかったんですか!」

「だったけど、トップクラスならずで3割引だけ」

「うわーっ、何やってたんすか去年は…」

「山鹿ちゃんもわかるっしょ、2浪して東京藝大の一次も落ちてみろよ、その落ち込みかた半端ないって」

「まあ、ですねえ。それからまた来年へ頑張ろうって気になったのは凄いですよ」

「4浪目はバイト頑張らないと、もう親が小遣いというか昼飯代くれないんだよな」

「あ、バイト。もう決まってるんですか」

「まだよ。今日の帰りからそのへんウロウロして夜のバイトでも見つけんと」

「頑張ってくださいよ、憶えてますか、ボクが貸したままの分」

「それだよなあ、山鹿ちゃんはてっきり現役合格すると踏んでたんで合格祝いで帳消しにしてもらうと思ってたのに」

「なあーにが合格祝いですか、こっちがもらう立場やないスか」

「山鹿ちゃんはバイトの予定は」

「ありますよ。ただですねえ、ボクは通学時間があるので時間が厳しいんですよ」

「わっ、あるの。この近辺? 俺にも紹介してもらえない?」

「まだ行ってもないのにわからんですよ、それに父親通じて紹介してもらった店なんですよ」

「ふーん、優しいお父様だねえ」

 

 そんな会話の間に川本厚はタバコを吸いながらパンを齧≪かじ≫る、たちまち吸殻で灰皿が山盛りになるほどだ。

 午後からは静物デッサンの基礎から見直し。ほかの新入校の生徒も多いし、2浪や3浪の先輩もいる。麻矢は川本先輩が亡くなった郁矢兄ちゃんが生きていれば同い年であることやいろんなイメージが被るので親しみやすさがあった。一つ嫌なのはタバコの吸いすぎ。これだけはなんとか止めさせたかった。経済的にも健康的にも。


 この日の授業や基礎訓練が終了したのは午後4時。それから麻矢は5時に父親が紹介してくれたバイト先へ向かった。

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