ゆっちゃんと本屋さん

小桃 もこ

ゆっちゃんと本屋さん

 今となっては遥か昔の昭和の時代に、父から受け継いだこの書店。


 昭和から平成、やがて令和へと時代がせわしく移りゆくのをこのカウンターから眺めてきたが、徐々にその流れに取り残されるのを感じていた。


 【昭和の遺物】


 世間からこの店がそう呼ばれているのを知っている。


 店も、私も、いつの間にかずいぶん年老いた。


 おそらくこの寂れた本屋に新時代の荒波を渡ってゆく余力はない。


 せめて多少の軍資金でもあれば店の修繕費に充てられるのに……なんて。『軍資金』などという言い方がもうだめなのだろう。時代に合っていない。古いのだ。


「みてみてママ! ダスティ〜、ローーーズっ!!」


「こら。ゆっちゃん。探し物してるんでしょ? 遊ばないの」

「あーい」


 ふいに店の奥からそんな声が聞こえた。そういえば先週もこの無邪気な声を聞いた気がする。たしか母親ではなく父親と来店していたはずだ。


「本当にこの辺なの?」

「ほんとうにここだもん」


 どうやら目当ての本が見つからないらしい。どれ。ここは知らぬ顔をせず一緒に探して差し上げよう。


「いらっしゃい。なにかお探しですか」


「うわあ! ローズゴッドさま!」

「こら! なんてこと言うのゆっちゃん! すみませんっ!」


 よくわからないものと見間違えられてしまったらしい。孫よりも幼いその可愛らしい様子に嫌悪感など抱くはずがない。


「はは。結構結構。幼児向け雑誌かなにかかな?」


 訊ねると母親は少しバツが悪そうにして首を振った。ああ、と直観する。寂れたこの店にはないような本なのか、と。


「これは失敬。いらぬ世話をしてしまったかな。どうぞごゆっくり、お好きなものを選んでください」


 ゆっくりと背を向けると「あ!」と幼い声が背中に届く。


「あった! ママ! これ!」


 そろりと振り向くと小さなその手に一枚の【宝くじ】が握り締められていた。


 はあ、どうしてそんなものが?


 わけがわからず少女と宝くじと母親を順に見ると「じつは」と母親が話し始めた。


「先週この子がこちらにお邪魔した時に、お店でこの宝くじを拾ったらしいんです──」


 その時に【宝くじ】というものを知らなかった少女は、どういうわけかそれを【しおり】としてその時暇つぶしに読んでいた幼児向けの本のに挟んで、そのまま帰宅してしまったらしい。


 その後自宅にて、ひょんなことで【宝くじ】というものの存在を知った少女は、母親にこの書店でのことを話したそうだ。


 はじめは放っておこうと思ったらしいが、少女が「どうしても気になる」としつこく言うのでついに探しに来たのだという。


「見つかって本当によかった。娘から話を聞いてから私もずっとモヤモヤしていたので」


 母親は明るく笑うと「ではこれ」と宝くじを私に差し出してきた。


「いや……しかし」


 受け取るのを躊躇うと「あそこから落ちてきたのかなと思うんです」と壁の高い位置を指す。


「あ……」


 置いたこともすっかり忘れていた。そこには小さな神棚があって、さかきの影に宝くじの束が、少し乱れているがたしかに立て掛けてあった。


「当たるといいですね。また来ますから。どうだったか教えてくださいね」


 それと、と可愛らしい絵本を二冊買って親子揃ってにこにこしながら帰っていった。



 令和の時代。どういうわけか【昭和レトロ】などという言葉ができ、この寂れた書店の来客数はじわりじわりと増えていた。


 それが、思わぬ『軍資金』で修繕できた立て看板の効果なのか、あるいはあの【幸運の女神】との遭遇そのものによってもたらされたものなのかは、さだかではない。



  了





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