第15話 真っ暗下水道

 杏子は魔法でマンホールの蓋を持ち上げて中を覗き込む。暗い。スマホのライトで見えるには見えるがそれが無ければまさに闇だ。大の怖がりである杏子は穴の中の暗闇を見て思わず身を震わせる。


「ヒッフッミーあれ?なんか違うな」


 カスみたいなラマーズ法もどきで息を整えても意味などあるはずもなく恐怖心は形を変えず杏子の中にある。入るのはとても憚られるがネフィリムがいる可能性が高い以上見逃すことなど出来るはずもない。


「あぁ本当になんで見つけちまったんだ」


 今にも泣きそうだが杏子は意を決してゆっくりと穴の中へと降りていく。地面に足を付けてみると暗さや余計に際立った。スマホのライトで先を照らすがそれでも黒がほとんどを塗りつぶしている。


 杏子は慎重に下水道を進む。下水道内は思っていたよりも広く、普通に歩ける程度の高さと幅があった。幸いにも下水は浅い水たまり程度であったためそこまで流れていない。そうでなければ長靴が必要であることを言い訳にスルーすることも出来たのだが。


 匂いに関しては、まあ、想像にお任せしよう。案外フローラルかもしれないぞ。


 初めての下水道探検に杏子はビクビクしているが今のところ異常はない。安心したいところだが道は入り組んでいるため来た道をしっかりと忘れないように記憶しなければならない。もし忘れたら他の出口を見つけるまでしばらくはこの暗闇の中を彷徨うことになるだろう。


 しばらく進んだ杏子は広い空間へと出た。自分の家の広さと同じくらいのそこで杏子は足の裏に何か硬いものを踏んだ。何かと思って見たそれが一瞬何なのかわからなかった理解した瞬間思わず変な声が出た。


「み゛っ‼」


 それは骨だ。プラスチックでもガラスでもない独特の軽さと形からして間違いない。ネズミの死骸とかだろうか。こんなものが平然と転がっているのが普通なら下水道とかいう場所怖すぎなんですけど。


「キルルル。餌ガ自分かラヤってクるとはアッキー? あ? ユッキー? とニかク良イことダ」


 暗闇の奥からカエルのような頭の化け物が姿を現す。立て続けの恐怖に杏子は気を失いそうになるがここで寝たら死ぬ。自分を奮い立たせるためにいつものように軽口を飛ばす。


「ラッキーか? けどラッキーなのはお前だけじゃねえ」


 スマホをしまって変身の呪文マギカコードを唱える。


『エンゲージ・マギカ エンチャントミロワール』


 変身した杏子の姿は変わらず運動着のまま。しかし間違いなく魔法少女だ。変身したことで真っ暗な下水道内でも照明がついているかのようにしっかりと見えるようになった。敵の姿もバッチリわかる。前回戦ったオタマジャクシだ。


「マギカ‼マギカマギカマギカぁぁああ‼」


 変身した杏子を見て興奮したように言うオタマジャクシを杏子は鼻で笑う。


「大切なことなので四回言いましたってか? でも覚えなくていいぜ。すぐに終わる」


 前回のオタマジャクシとの戦いで戦法はすでにわかっている。こいつらは素早いが近距離戦は苦手としている。だがここは距離を取る余裕などない閉鎖空間。逃げ回る戦法は使えない。


 既に勝負はついていた。オタマジャクシは長い舌を伸ばすが杏子は最小限の動きで避けて突き進む。たった一撃。魔力で強化された杏子の拳がオタマジャクシの胴体を切り裂く。


「わりぃがお前らの行動は予習済みだ。こいつが有効打なのもな!」


 魔力で強化された打撃で戦う杏子にとってこの閉鎖空間は絶好の戦場だ。見かけ以上に範囲が広い攻撃が何をやっても当たるのだから。


(さて、嫌な予感が的中しちまったわけだが)


 杏子は下水道の奥に進みながら考える。敵の正体は予想通りオタマジャクシだった。だが前回のオタマジャクシは塵になって消えたのを確認している。つまり今の倒したのは完全に別の個体ということになる。


 そのうえで問題を提議しよう。


 オタマジャクシは2体いたわけだがそれが何を意味しているだろうか。重要なのはコイツらがオタマジャクシであるということ。もっと核心を突くと成体ではないということだ。これは推測ではあるがオタマジャクシがいるなら親であるカエルがいてもおかしくないのではないだろうか。


 オタマジャクシ兄弟を倒しておしまい、という中途半端な話よりも実は親玉がいるという方があり得る話だろう。これまでの経験上ネフィリムが徒党を組むことは珍しいことではない。


 だがその程度ならまだいい。その程度ならば。杏子が考える最悪の展開とはそんなことではない。


 考えながら道を曲がったその先で杏子は思わず足を止めた。


「まったく本当に最悪だ。全部悪い方に向かってやがる」


 杏子が考える最悪の展開とはカエルがいると仮定したうえで生まれた、たった1つの素朴で挑発的な自分自身への質問であった。




 カエルは一体いくつの卵を産む?




 杏子は自分の目の前に広がる光景に言葉を失った。床から天井まで透明なジェルのようなものに包まれた黒い卵だらけ。生きた壁のように、視線を送るたびにそれらは小さく震える。


 魔法でまとめてぶっ飛ばせれば楽だがいつものようにビームのような魔力砲で下水道を破壊するわけにはいかない。この場で一番良いのは高火力で焼き払うことだろう。


「ちっ、まだ練習中なんだが・・・」


 一応炎を出す魔法は使える。ただ、加減が難しく練習中に家の天井を燃やしかけたことが怖くてこれまで戦いでは使ってこなかった。だが今回ばかりは危ないくらいに燃えてくれた方がありがたい。


 杏子が指を鳴らすと指先から火花が散る。何度か指を鳴らしてを力加減を調整する。そうして大きな音で指を鳴らすと瞬時に炎が目の前の光景の全てを高温で焼き尽くす。


 炎の中から焼ける音といくつもの苦しそうな金切り声が下水道に響く。この光景はしばらくトラウマになりそうだ。怪物とはいえここまで一方的だと多少心が痛む。だがもし放置したらこいつらはいずれ地上に出て人々を襲うだろう。だからここで一匹残らず駆逐しなければならないのだ。


 炎が消えた時、怪物の腹の中のようにグロテスクだった目の前の景色は大火力に焼き払われて黒く焦げてはいるが下水道の姿を取り戻していた。とりあえず一件落着かと思われたその時。


 後方から複数の急いだ足音が近づいてくる。裸足で歩くような独特な音の主がすぐに人間ではないことは分かった。それほど大掛かりな魔法ではなかったが近くで感知するには十分すぎる魔力の放出だった。駆け付ける理由は自明の理だ。


「ギルル‼タマゴガ‼」


「コいつユルせない‼許セなイ‼」


「誰ダお前ハ‼」


 へたくそな言葉で敵たちはギャアギャアと騒ぎ立てる。いい加減聞き飽きたその声と喋り方に心底うんざりする。杏子は振り向くと親指を下に向けてバッドサインを作ると首を掻き切るようなジェスチャーをして言ってやる。


「魔法少女だ。あの世でよーく覚えとけ‼」


 オタマジャクシたちは舌を伸ばしたり、溶解液を飛ばして攻撃してくるが喧嘩慣れした不良である杏子にとってこの程度の攻撃は二度も見れば避けるのは容易い。杏子にとってオタマジャクシはもはや何の脅威でもなかった。近距離戦を嫌いすぎるが故にこの閉鎖空間でも前後の隙が大きい舌と溶解液による攻撃ばかり。


 どうやら戦い方を知らないバカばかりらしい。


 軽々とオタマジャクシを倒していく杏子のもとに再びたくさんの足音が近づいてくる。足音の騒がしさからして先ほどよりも数は多いだろう。しかし杏子は笑う。


「お前らのおかげでモンスターパニックホラーは克服できそうだ」

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嫌われ者の不良でも魔法少女として命を掛けて世界救っていいか? 春みかん @Fukaki

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