KAC20231 焚書

白川津 中々

 とある国のとある山に老人が住んでいた。

 老人はかつて国勤めをしており、その高い教養と知性で時の支配者に重用されていたが革命によりその身を負われ、現在は辺境の地に移り住み田畑を耕す傍ら写本売りをしてその日を暮らしていた。

 朝は泥にまみれ、昼は本を売り、夜は書を認める。金はないが豊かであった。老人は不満もなく日の出と日の入りを眺め、孤独に慎ましく、されど自由に余生を謳歌し、このまま静かに生き、そして静かに死んでいくのだと、周りの人間に語っていた。



 そんな老人の耳に不穏な話が入ってきたのはとある昼下がりである。




「隣の村に軍が来たんだよ。革命なんて言いながらやってる事はただの弾圧だよ。爺さんも気を付けた方がいい」




 茶と薬を届けに来た行商人が、深刻そうに口を開いた。


 老人は「そうか」と言って金を払い、書庫を兼ねる家屋へ戻った。

 部屋の中は一面の本。すべて売り物で、幾つかは原本であり、幾つかは彼の書いた写本である。歴史と知識を知る者であれば一目見てその価値に気が付き感嘆さえ漏らすだろうが、血と暴力に染まった革命の徒にかかれば瞬く間に火にかけられてしまうだろう。それは時代と共に営まれてきた人間の記憶を綺麗さっぱりと削除してしまうのと同義であるのだが、知性を持たない動物にその意味が分かるはずもなく、新たなる世界の幕開けという世迷言を掲げながら焚書と破壊の限りを尽くすのだ。自分達がどうやって生きてきたのかも知らずに。


 老人は本を一冊手に取り、細い目で文字を追った。それは彼が勤めてきた国の歴史であり、文化であり、記憶であった。簡単に壊されてしまった、彼の祖国の物語であった。



 滴が落ち、老人が手に持っていた本の一文を濡らした。文字は滲み、歪み、読めなくなるとただの墨色をした染みになっていった。


 革命の火は依然、熱く、激しく広がり、全てを呑み込んでいく。老人の、人々の歴史を焼き尽くしながら……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KAC20231 焚書 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ