本屋の幽霊
石動なつめ
第1話
生前の私は本屋が好きだった。
世の中には本の虫という言葉があるが、私の場合はそこに『屋』をつけ足して『本屋の虫』と自称している。
三度の飯より本屋にいるのが好き。そういう意味だ。
休日に、本屋でぶらぶらするのが私の過ごし方だった。
本屋は良い。まず新しい本の匂いが良い。新しい本ならではの香りだ。
平積みにされた本を見る度に、今日はどんな本が発売したのだろうかとワクワクする。
小説もある。漫画もある。雑誌もある。ハウツー本もある。試験対策用の本もある。
広い本屋はどんな本が売られているか宝探しのような楽しみがあるし、狭い本屋はこの中にこんなに種類の本があるのかとテンションがあがる。
本屋に行けばあっと言う間に半日が過ぎてしまう。
一度入れば同じ場所に一日中いたいけれど、同じ場所に長く滞在すれば店員さんの迷惑だから、さすがにそこは自重して別の本屋に移動する。
その帰り道で私は新しい本屋を発見し、浮かれていた時に階段から足を滑らせ落下。
そのまま命を落としたというわけだ。
我ながら間抜けな最期だったと思う。
死ぬならせめて、あの本屋に行ってからが良かった。
そんな未練があったせいか、気が付いたら私は幽霊になって、その時見つけた本屋にいたというわけだ。
地縛霊と言う奴だろうか。本屋に縛られるなんて、ある意味で最高の状態である。
神様、最期に素敵な想い出をありがとう。とりあえず十年くらいはいていいかな?
「いや、普通に迷惑なんでやめてもらっていいッスか?」
ウキウキしながらそう呟いた時、私の言葉に反応があった。
おや、と思ってそちらを向くとここの本屋のエプロンをつけた書店員の女性が、呆れた顔をこちらに向けていた。
金髪にピアスと、第一印象は少々ヤンチャな印象を受ける。
まぁそんな事よりも、彼女は幽霊になった私の事が、どうやら見えているらしい。
「幽霊が出る本屋なんて、変な連中が来ちまうじゃないッスか。ここ、純粋に本を買いに来たお客さんのためにあるんスよ」
女性はそうも言った。確かにそれはそうだ。オカルトな話題は特殊な人を呼びやすい。
そうなるとただ本を買いに来ただけの人に迷惑だ。
恐らく未練があったから、私はここにいるようになってしまったと思うので、三年くらい楽しめばあの世に行けると思う。
「長っ」
そうだろうか、私にとっては短いのだが。
まぁ期間はともかく、満足すれば消えると思うので、そこは勘弁して欲しい。
「祓うとかあるんスけど」
祓わないで欲しい。
「まぁ店にそんな余裕ないッスから、しないッス。そもそもあたしバイトだし」
そういうと女性は私をすり抜けて本を補充し始める。
少し離れて眺めていると、その中に、継続して購入していた本の続巻を見つけた。
……ああ、これ、読みたかったなぁ。続きはどうなっているのだろう。
「……あたしも買ってるから、休憩時間で良ければ貸してあげるッスよ」
本当か!
この書店員の女性はとても親切なようだ。
ありがとうとお礼を言うと「早く未練をなくしてもらわないと困るッスから」と彼女は言った。
……続きを読んだらその続きもという未練が出来そうなのは、この際黙って置く事にする。
本屋の幽霊 石動なつめ @natsume_isurugi
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