墨吐き。
紙季与三郎
第1話
ひとしきりと泣いた。
特段と批判は無い。
けれど或いは、これもまた煙たがられるべきポリティカルコレクトなのだろう。
——なぜ人は死ぬのか。死なねばならぬのか。
常々と考えていた。
ふと錆の臭いのする本屋に立ち寄って、目を引く平積みの詩謳いに耳を傾けてすら人が死に往く悲鳴が木霊していて。さもすればワックスの剥がれた床に至るゴム質の靴音が単にそう聞かしめているものかとも思えば、未だ商魂逞しく流行りの歌が聞こえてきそうな蛍光色のポップを見ても尚——涙、涙、涙と三文芝居の叩き売り。
怒りなど無いさ。あゝ痛い痛いと思うばかりで。
悲しいのは良く分かる。
悲しいのも良く分かる。
ただ、奉られるのがイマイチと——ピンと来ないと思うだけ。
墨色で知人も殺せぬ狂人の、取るに足らなき戯言だろう。
いつからだったろうか。
紙の音を自ら嬉々として奏でなくなったのは。
と、気取ってみるが然して昔から好んで歌う事も無き。
少なからずや紙の軋みばかりが耳を突く今日日に、最後に栞を挟んだ日和が遥か遠き昔の事のやうであって。
ふと錆の臭いのする本屋に立ち寄って、目を引く平積みの詩謳いに耳を傾けてすら人が死に往く悲鳴が木霊していた事だけは確かな郷愁に違いない。
民衆を幸福にする讃美歌の如く、描かれた狂気に、変態性に——或いは行ってしまえば凡性に、何故こうなれなかったと問う己に、こうすれば如何にと思うた己に嫌気が差した事だけは覚えている。
妬みや嫉みや恨みやつらみ、そう言い終えれば楽なのだけど、そうは言えぬも人の性。
経年劣化に腐する木棚に、敷き詰められるのは絶望に等しい醸造されゆく埃の薫り。
思い出すだけで忌々しくも鼻に突く。
才能や天命など無い凡夫が故に、ありきたりにこうも思うのだ。
いっそ諸共、そのままに滅びゆけ。
これは何者にもなれなかったケダモノの、取るに足らない戯言世迷言、ほんに汚き穢れた吐瀉墨。
墨吐き。 紙季与三郎 @shiki0756
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