じゃあお願いします

アカニシンノカイ

おつけいたしますか

「カバーはおつけしますか?」

「あ、大丈夫です」

「袋は有料になりますが」

「いらないです」

「ポイントカードはお持ちですか?」

「BOOKAカードをお願いします」

「地の文をおつけしますか」

「……はぁ、はい」

 と、小さな声。

「ポイントはお貯めしてよろしいですね」

「はい、貯めてください」

 先ほどとは打って変わって、自信に満ちた声だ。

「視点はどうなさいますか?」

「シテン?」

 声が裏返った。

「誰の立場で物語を語るかです」

「普通はどうするんですか」

「一人称、三人称のどちらかが多いですね」

「じゃあ一人称で」

 迷いながらも俺は言った。

「かしこまりました。一人称ですね」

レジの女性スタッフは爽やかな笑顔だ。営業スマイルだとはわかっているが、気分がよくなる。

俺は単純な人間なのだ。

「モノローグもおつけしておきます。無料ですので」

(モノローグ……どういう意味だ。まぁいいか、タダでつけてくれるのならば)

 レジ待ちの人がいないことを確認してから、俺は訊ねた。

「あの、よくわからないのですが、一人称というのはどういうことでしょうか」

「“私”が世界を観て語るということです」

 あ、と店員の女性――胸につけているネームプレートによると本谷さん――は自分を指さした。

「“私”といってもわたしではありません。この場合は……」

 掌を上にして、本谷さんは俺のほうに手を差し出すようにした。

「お客様です」

「俺、いや、私ですか?」

 本谷さんは大きくうなづく。

「はい、お客様です。ですから、わたし、この場合はわたし、書店員の本当の気持ちがどうなのかは書けません」

「なんでですか?」

「視点がお客様である以上、わかるのはお客様自身の心だけだからです。たとえば、わたしがお客様のことを面倒な人だと思っていても、お客様はわからないわけです」

「思っているんですか」

「……お会計は現金でよろしいですね?」

「いや、図書カードで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

じゃあお願いします アカニシンノカイ @scarlet-students

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ