第10話トリップ&トリップ

元の世界に戻ってきた僕はその中の世界に入ってしまった漫画の最新刊を購入する。

しかしながらその漫画の中でジン・ジルクニスには何の変化も異常も見られなかった。

あれはもしかすると僕が死にかけた一瞬で見た幻のたぐいなのかもしれない。

しかしながらそんな事はもうどうでも良かった。

現実世界に帰ってきたのであれば僕は僕として生きていかなければならない。

どれだけジンよりもスペックが劣っていようとも僕は僕の人生を生きなくてはならない。

そんな当たり前なことを思い出しながら僕は現実世界のことを考えていた。

休日を挟んで学校に向かうと僕が告白した女子生徒は少しだけ照れくさそうな表情で挨拶をくれる。

「おはよう…」

「おはよう。なんか元気ない?」

「そうじゃなくて…なんか照れくさい。友達から始めましょうとか始めて言った言葉だし…」

それに微笑んで頷くと余裕そうに口を開いた。

「僕も始めて告白して照れくさかった。それに初めての告白で友達から始めましょうって言われて嬉しかったよ」

「なんで嬉しかったの?」

「ん?だって完全に断られたわけじゃないから」

「そう…。なんか変わった?」

「そんなことないよ。吹っ切れただけじゃないかな」

確かに実際は何かが変わったはずなのだが僕は信じてもらえないと思ったので白を切った。

「やっぱり雰囲気変わったみたい」

「そう?どんな風に?」

「ん?照れるから言いたくない…」

「なにそれ」

ハニカムように笑って教室に向かうと僕らは授業に向かうのであった。


本日の授業が全て終了すると彼女は僕のもとを訪れる。

「今度の土曜日。一緒に遊びに行かない?」

その誘いに僕は嬉しそうな表情を浮かべて頷いて応える。

「是非。お願いします」

「じゃあ土曜日の13時に駅前に集合で」

それに頷くと僕らはそれぞれの帰路に着く。

帰宅した僕は自室でネットを駆使してデートのプランを練る。

(何処に行けば楽しんでもらえるかな?)

そんなことを四六時中考える一週間を過ごす。

あれでもないこれでもないと右往左往しながら様々なデートプランに頭を悩ませ続けるのであった。


そして迎えた土曜日のこと。

いつもより早めに目が覚めると支度を整えて集合時間より少し早めに駅前に向かった。

駅前には30分前に到着してしまう。

そこでしばらく時間を潰していると15分前に彼女は僕のもとを訪れる。

「おはよう。今日はよろしくね」

「おはよう。私も楽しみにしてたから嬉しい」

「じゃあ早速行こうか」

僕らはそれを合図にデートの開始を迎える。

デート先はショッピングモールだ。

僕らの街でデートと言えば定番になっている場所である。

映画館も水族館も飲食店や雑貨屋。

様々な店舗が軒並み連ねている。

一番最初に向かったのは映画館だった。

「何か観ない?チケット先に買っておこうよ」

僕の提案に彼女は頷いて応える。

「何にしよう…。恋愛系?」

彼女は電光掲示板を確認すると流行りの映画を確認していた。

「これ。流行っているんじゃない?クラスの女子達が話しているの聞いたことあるよ」

一つの恋愛映画を指差すと彼女に語りかける。

「まだ観てなかったら観ない?」

彼女はそれに少しだけ照れくさそうに頷くと次の上映時間のチケットを買う。

「本当に観るの…?」

彼女の意味のわからない質問に僕は首を傾げると最終的な答えとしてそれに頷く。

「分かった…。ちなみにあらすじとか知ってる?」

「知らないよ。女子が話しているのを偶然聞いただけだから詳しい内容とかはわからないよ」

「そっか…。じゃあ少し覚悟しておいたほうが良いよ…」

彼女はそれだけ言い残すとチケットを買い一度映画館から出る。

「じゃあ時間まで後一時間ぐらいあるから…そうだ。昼食食べてきた?」

「準備に時間かかっちゃって…まだなんだよね」

「じゃあ丁度良かった。カフェで昼食にしよ」

「ありがとう。助かるよ」

僕らはそのままカフェに向けて歩き出す。

洋食屋と喫茶店が合体したようなカフェで僕らは昼食の時間を過ごしていった。

「なんかやっぱり変わったよね。こんなに女性慣れしていたの?」

「女性慣れしているように見える?」

「見えるよ。今日も全然普通そうじゃん」

「そうかな…。結構いっぱいいっぱいだけど…」

微笑んで答えると食後のコーヒーを飲み上映時間を待っていた。

時間がゆっくりと過ぎていく感覚とあっという間に一時間が過ぎていくような矛盾にも似た不思議な感覚が僕を襲うとその時間はやってくる。

会計を済ませて映画館に向かうとお手洗いを済ませて飲み物を購入する。

映画館に入場して指定の席に腰掛けると上映を待った。

CMのあとに映画は始まり、しばらくしたところで僕は息を呑むことになる。

少女漫画が原作と聞いていたのでキラキラした恋愛映画かと想像していたのだが…。

決してそんなことはなく…。

早い段階からキスシーンがあり、ベッドシーンまで用意されていた。

(覚悟したほうがいいってこういうことか…。流石に付き合ってもいない女子と観るにはハードルが高かったな…)

そんな雑念に身を委ねていないと顔面が熱くなる感覚に耐えられなさそうだった。

そのまま過激なラブシーンが多めの映画を最後まで観ると僕らは少しだけ気まずそうに映画館を後にする。

「凄かったでしょ…?私はクラスの女子に聞いていたからある程度知っていたんだけど…気まずくない?」

「少しね。でも過激なシーンを抜いたら全体的に良い映画だったと思うけど」

「そうなんだ…。私は全然集中できなかったよ。なんでそんなに余裕そうなの?」

「余裕そうかな?」

そう答えた後に僕は一度頷くとあることを閃く。

「信じられない話だけど…聞く気ある?」

「どういうこと?」

彼女は首を傾げて僕の方を見ていた。

僕らはそのまま近くの公園に向かい日陰のベンチに腰掛ける。

「実はこの間。告白した日あったでしょ?あの日に死にかけてさ」

「え!?死にかけた!?」

「実際は死んでいないし…何が起きたのかも説明しづらいんだけどさ」

「うん。それで?」

「それで僕は流行りの漫画の中の主人公に転生していたんだ」

「ん?話が見えなくなったけど?」

彼女は戸惑っていたが僕は構わずに話を進めていく。

「作中で唯一のモテキャラなんだけど…目が覚めると僕はそのキャラになっていたんだよね」

「うん。そういう夢を見たってこと?」

「そうかもしれない。でも妙にリアルで実際に体験しているようだった。その作中唯一のモテキャラになった生活を送っていたから少しだけ女性慣れしたのかなって思うんだ」

彼女はそれに頷くと少しだけ思案気な表情を浮かべていた。

そして最終的に悩んだ表情を浮かべたまま口を開く。

「走馬灯的な感じ?死ぬような重症な怪我を負ったわけではないけど…死にかけたんだもんね。それなら走馬灯を見ても可笑しくないし納得できるよね」

「確かに。ただの走馬灯や夢だったかもしれない。でも僕にとっては凄く良い経験だった。その御蔭で今日も少しは余裕そうに振る舞えたのかもしれない」

「そっか。それで少しは納得できるかも。凄く大人っぽかった」

彼女は少しだけ照れたように微笑むと嬉しそうな表情を浮かべていた。

「どうかした?」

僕も微笑んで彼女に相対する。

彼女の身に一瞬で何かが起きたようで決意した表情に変わると僕にその言葉を口にする。

「友達から始めましょうとか偉そうなこと言ってごめん。今度は私から言わせてほしいな」

彼女はそこで言葉を区切ると僕の目をしっかりと見つめて口を開く。

「付き合ってください」

「こちらこそよろしくおねがいします」

それに答えると彼女は映画に感化されたのか僕にキスをする。

またと言う言葉は理解できなかったが僕はそれに微笑んで頷く。

もしかしたら少しだけ動揺していたのかもしれない。

だけどこれで僕にも念願の彼女が出来た。

それだけで今は満足なのであった。


彼女と付き合いだしてしばらくの月日が流れていき僕らの関係も順調に進んでいた。

高校生ではあるのだがもちろんそういう関係にもなっている。

休日はお互いの家を行き来するような関係にもなり家族ぐるみで付き合っている。

いつの日だったか彼女は僕のことをと呼んだことがあった。

それを問いただしたわけではないのだが…。

彼女は僕が転生した漫画を読んだらしい。

「スピカに感情移入してしまって…それで思わず兄様って呼んじゃったんだ」

「そっかそっか。僕がジンに転生したって話も聞いてたしね。思わず出ちゃったわけか」

それに理解したように頷くと何の疑問も持たずに僕らの関係は永遠と思えるほど続いていくのであった。


私はジンの中に入った魂を追いかけてこの世から出ていった。

このままこの世界に居たとしてもジンは兄に戻るだけだと思ったからだ。

それならば一度はジンの中に入った魂を追いかけたほうが良い。

一度はジンになった彼に恋心を抱いてしまったのだろう。

だから私は本の効力を使ってこの世界を出ていく。

そして本に記されていた通りの人物の器を奪い取ることに成功する。

更に本の通りにその人物に恋をしている彼を見つけ出す。

スマホの使い方やこの世界でのあり方も何もかもが本には記されていた。

その通りに生きていけば何も問題はなかった。

幸いなことに彼も私の存在に気付いていない。

私がスピカだと一向に気付かないでいる。

もしかしたら気付いているのかもしれない。

一度、思わず兄様と呼んでしまったことがある。

彼は何も疑問に思っていないようだったが…。

もしかしたら、そんな事はどうでもいいのかもしれない。

彼は私でも私が乗っ取ったこの体の持ち主でもどちらでも良かったのかもしれない。

そう思うと少しだけ寂しかった。

それなので私は随分時が経ってから思わず彼に質問してしまう。

「スピカと私。どっちが好き?」

彼はその質問に軽く笑うといつものように余裕そうに答えをくれる。

「どっちも好きだよ。どっちも同じぐらい」

その答えに通常の女性なら青筋を立てるかもしれない。

けれど私は堪らなく嬉しくなってしまう。

この世界の私もスピカのこともどちらも好きだと思ってくれている。

そんな彼のことが私はとてつもなく愛している。

だから最終的な関係になれるようにその言葉を私から口にするのであった。


「私と結婚してください」


私の答えに彼はいつものように微笑むと意味深な言葉を口にする。

「僕に秘密はない?」

その言葉を耳にして私は思わずドキリと胸が跳ねる。

「えっと…」

言い淀んだ私の表情を見ても彼は何でも無いように待っていてくれていた。

「良いよ。ゆっくりで」

その安心する言葉を耳にして私は自分の秘密を明かす。

「私は…スピカだよ…思わず追いかけてきたの」

「そっか。薄々そんな気がしていたけど。それだけ?これ以上はない?」

私はそれに頷くと彼は私にゆっくりとキスをする。

「こちらからも結婚してください。と言わせてほしいな」

ということで私達は晴れてゴールインを果たす。

これにてこの物語は終了なのだが私達の生活はいつまでも続いていくのであった。


………。

………。

………。

ジン・ジルクニスの魂は何処に行ったと思いますか…。

それは…。

                完

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貞操観念も価値観も逆転の流行りの漫画の中に転生したけどヒロインのメイン攻略キャラが俺ってどういうこと!? ALC @AliceCarp

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