古本には古本の魅力がある。
絢郷水沙
あるとき私は、本を手に取った。
本屋に行くのは楽しい。あの独特の匂いが私は好き。
新刊のあのまだ誰にも読まれていな真っ新な状態が好き。
けれども私は、古本も好き。
古本屋に行くと、また違った楽しみ方に出会える。
あるとき私は、近所にある古本屋で旅行雑誌を手に取った。
すると中から、旅のしおりが落ちてきた。
思わず手に取り、中を読む。手書きで書かれたそれは、誰かの楽しみを計画したものだ。どこに行き、何をするのかこと細かく書かれている。
それを読んでいたら、つい笑顔がこぼれてしまった。
◆
あるとき私は辞書を手に取った。
分厚い和英辞書には、所々にマーカーが引かれていた。もとの持ち主はきっと学生だったのだろう。ペンを手に取り、熱心に机に向かう姿が浮かんでくる。
最後のページを捲って、思わず笑ってしまった。そこには名前が油性ペンで書かれていた。きれいな字だ。
この名前の人は今、何をしているのだろう。
◆
あるとき私は恋愛小説を手に取った。
後半のページには、涙のあとがぽとぽとと広がっていた。これを読んだ人は話の内容に涙し、ページを捲ったのだろう。
人の心を動かす物語の力に、思わず私も感動してしまう。
◆
あるとき私は、就活本を手に取った。
ほとんど新品のそれには封筒が挟まっていた。悪いとは思いつつも、中を開いて読んでみる。そこにあったのは、短い応援の言葉だった。
『サトルへ。これを読んでもう一度頑張ってみてくれませんか? 私はいつでも応援しています。母より』
中には、わずかながらの現金も入っていた。
この持ち主はきっと、本を開いてさえいないだろう。でなければ……。
そのとき私は、母親の気持ちを想像して悲しくなった。
◆
古本には、かつての持ち主の思い出が詰まっている。
それは楽しい思い出、頑張った思い出、悲しい思い出、誰かの願い。
新刊が作者の物語なら、古本は読者の物語。私はそれが好きだ。
だから私は、また本を手に取った。
古本には古本の魅力がある。 絢郷水沙 @ayasato-mizusa
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