第55話 作者「電子レンジで食材を焦がした腹いせに書いた」
「ルネさん。注文していた品が届きました。よっと……」
篠崎さんがでかい段ボールを重そうに持っている。それを私の前に置いた。
「わーい。ありがとー」
「ルネ様。なにを買ったんですか?」
「ん? 配信の収益で電子レンジを買ったんだよ」
「電子レンジ……?」
翠華君が頭に手を置いてなにかを考えている。
「電子レンジとは、食品を温めるものです。これがあれば、ほかほかの食事が食べられます」
篠崎さんがざっくりと説明する。
「そーそー」
「ルネ様。私たちは基本的に光合成でエネルギーを得られるので、こういうものは不要なのでは?」
「まあ、そうなんだけどさ。これはダンジョンの素材で作った電子レンジで魔力を送り込むと起動する面白い仕組みなんだ」
「ルネ様。もしかして、面白そうという理由だけで買ったわけではありませんよね?」
ギク。バレてる。
「えっと。ほら、私のものじゃなくてさ。ダンジョンのみんなが使えるようもんだし、これでコオロギをこんがり温めてから食べると美味しいかもよ?」
「まあ、私は肉食ではないのでコオロギは食べませんが……ルネ様が使わないのなら。ここに運ぶ必要がなかったのでは?」
「違うの。翠華君。落ち着いて聞いて」
私は一旦、翠華君を制止する。彼の中では私が興味本位で使わないであろう電子レンジを買ったものだと思っている。まあ、実際そうなんだけど。中の回転するお皿とか暖かくなる様子とか見ていて面白そうだったし。
「いい? まずはボスモンスターである私が安全を確かめるの。もしかしたら、この電子レンジが爆発するかもしれないじゃない? そうしたら部下が危ないじゃないの」
「異議あり。いいですか? ルネ様。ボスモンスターが亡くなったら、我々も道連れで死にます。だから、ルネ様が危険なことをするのが最も我々の命を脅かすこととなるのです」
ぐぬぬ。正論を言いおる。確かに私が危険なことをするのはダンジョンのみんなを危険に晒すことになる。
「というわけで、実験なら私がやります」
「なんで?」
「私死んでも、死ぬのは私だけだからです」
「いや、そりゃ、まあそうなんだけどさ。もしかして、翠華君がそれを動かしたいだけじゃないの?」
私はじっとりとした視線を翠華君に向ける。
「いいえ。ルネ様ではあるまいし、そんなことはしません」
「嘘だ! 絶対、翠華君も浮かれてるんだ!」
「"も”? やっぱりルネ様が浮かれた気持ちで買ったものじゃないですか」
「う……」
レスバに負けた。強すぎる。
「こんな無駄遣いをして。他に買うものはなかったんですか?」
「いいじゃない! 私が稼いだお金なんだから、私が何に使おうと勝手じゃないのさ!」
どうしてこう……翠華君は融通というものが……! こう……! ないんだ!
「まあ、それはそうなんですけど、いくら娯楽目的のものでもこれは流石に高すぎるのでは?」
「ふん。そんなこと言うなら、翠華君には電子レンジ使わせてあげないもん」
「ええ。結構です」
私は翠華君を無視して段ボールを開けた。中からでてくる白い色の直方体。うう、これた欲しかった。
「よし、それじゃあ、早速回してみるよ!」
「中に何も入れずにですか?」
「そうだけど?」
「いや、温める用途の機械でなにも温めないというのはおかしいのでは?」
「じゃあ、何を温めろって言うの!」
「適当にコオロギでも温めればいいんじゃないですかねえ? きっと他のモンスターが食べますよ」
「本当かな?」
というわけで、私たちはコウキンコオロギを取ってきて、それをしめてから電子レンジの中に入れてみた。
「いい? やるよ?」
「はい」
私は電子レンジに手を触れてそこに魔力を送ってみた。すると電子レンジが起動して回り始めた。
「おお! 見て! 翠華君! 温まってるよ。中のお皿も回ってる」
「ええ。見ればわかります」
すごい、こんなもの魔界にはなかった。正に人間界の技術と魔界の素材がマッチした奇跡に産物。
ボンって音がした。
「え?」
「ルネ様。電子レンジを止めてください」
私は慌てて魔力の供給を切った。電子レンジの中を開けてみる。そこには無惨にも発火したコオロギの姿があった。
「なにこれ」
「ルネ様の魔力が強すぎたのでしょう。コオロギが温まりすぎて発火して焦げたみたいです」
「ええ……そんなこと……ある?」
電子レンジって中のものが発火することあるの? え? こわい。
「えっとですね。説明書によりますと一部食材では、長時間または強すぎる魔力だと発火するみたいです」
「まあ、私はボスモンスターだからね。魔力が強すぎても仕方ないか」
「はい。というわけで、ルネ様は金輪際、電子レンジに触らないと言うことで」
「なんで!?」
翠華君がナチュラルに電子レンジを没収した。
「いいですか? 強すぎる魔力の持ち主が使うと電子レンジが発火する可能性がある。その発火に巻き込まれたらルネ様が死ぬ可能性だってあるんですよ?」
「うん。それは否定できない」
「こんな危険なものをルネ様のところに置けません。ネコ、ちょっといいか?」
「はいはい」
「これを第3層あたりに置いてくれ」
「かしこまりましたニャ」
「あー……私の電子レンジが。高かったのに」
ネコのぬいぐるみが電子レンジを持って第3層へと歩いて行った。
「ルネ様。命より高いものはありません」
「うん、そうだよね。探索者の魂より価値があるものはないもんね! それがあれば、私も出世できるし」
「えっと……そういう意味で言ったのではないのですが……」
◇
「あー……腹減った」
ダンジョンの第3層にやってきた俺。探索者の中でも強い方だけど、その分飯を食う。だって、しょうがない。強いやつは燃費が悪いって相場が決まっている。
「食料は……冷凍食品のみ」
一体なぜ、ダンジョンに潜るのに冷凍食品を持ってきたんだろう。こんなところに電子レンジがあるはずが……
「あった!」
俺は電子レンジに吸い寄せられてそこに向かった。近くに罠の気配はない。
「これは魔力や気で動くタイプだな。よし、俺の陽の気を送り込んで電子レンジを起動するぞ……」
中に冷凍食品の餃子を入れてスイッチオン。さあ、飯を食うぞ……!
バン! その音と共に俺は灼熱に包まれた——
◇
篠崎さんがやってきた。彼はなんか凄く申し訳なさそうにしている。
「ルネさん。あの電子レンジ不良品みたいだったようです」
「なんと!?」
「ええ。使うと発火するみたいで……その安全基準を満たしてないとか」
「あー。じゃあ、あの発火は私のせいじゃなかったのかー」
「メーカーが回収するように呼び掛けているようです。どうします? 回収しますか?」
「うーん。そうだねえ。危険なものなら回収した方が良いよねえ?」
残念だけど仕方ない。
「あ、そうそう。今週はSPを獲得できましたよ。えっと死因は……電子レンジ?」
「え?」
「どうやら、電子レンジを使ったことにより死亡したみたいです」
「…………そう! それ! それなんだよ! 私はそれを狙って電子レンジを買ったんだよ!」
「というと?」
「ダンジョンにある電子レンジ。文明になれた現代人なら間違いなく使う。そして、使った瞬間に発火するトラップが発動。これ! これがやりたかったの!」
「はあ……」
「これこそが、ダンジョンを制するための罠! そうなの! そういうことなの!」
私はもうゴリ押した。置くだけで勝手に探索者を倒してくれる電子レンジなんて回収されてたまるもんですか。この電子レンジも立派なトラップとして活躍してもらわないと。
「はあ。そういうことでしたら、回収はやめておきますか?」
「うん!」
こうして、このダンジョンの新たな名物となった電子レンジ。これからどれだけの探索者を葬ってくれるのか楽しみだね。
不人気ダンジョンのボスモンスターのアルラウネさん、配信者になる 下垣 @vasita
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。不人気ダンジョンのボスモンスターのアルラウネさん、配信者になるの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます