第54話 平和な日常回
「それじゃあ、私はこれを出すよ」
場に出ている数字は、黄色の6。私の手札は黄色の1と青の1。黄色の1が通って、翠華君がなにも出さなければ勝ちだ。
「ルネ様」
「ん?」
「UNOって言ってません」
「んな! い、今のなし! 言おうと思ってたの!」
「いいえ。指摘される前に言わなかったからルネ様にペナルティです」
や、やられた。普段はゲーム弱いくせにこういう時だけ目ざといし、きっちりしている。
「見逃して?」
私は瞳を潤ませて翠華君に頼み込んだ。だって、これが通れば私は勝てるかもしれないのに。
「ダメです」
キッパリと言ってのける翠華君。どうしてこう……! 融通が利かないかな。
「ああ、わかったよ。ペナルティ受ければいいんでしょ」
私は拗ねながら山札からカードを引いた。
「では、私も」
翠華君もカードが出せないのか、山札からドローした。ぐぬぬぬぬぬぬ。ウノって言ってさえいれば勝ってたのに。
「ルネ様」
「ん?」
「探索者来ませんね」
翠華君の何気ない一言が私を傷つけた。
「ぐぬぬ、どうしてこのタイミングでそれを言うかな。折角、ゲームで現実逃避をしている最中に!」
深緑のダンジョンは、ランク降格によって難易度の割には素材の価値が高い美味しいダンジョンとして有名になっていた。その影響からか一時期は探索者がそれなりに来てくれたのだけれど、今はランクが元に戻っちゃったから……誰も来ない。だって、素材の価値が適正になったんだもの。
「どうします? ルネ様。また、動画で色々と攻略情報を発信して査定で難易度を下げる方針にしますか?」
「いや、そんな手はもう使わない。私が目指すのはAランクダンジョン。最高峰のダンジョンのつよつよモンスターとして名を馳せたいの!」
「そうですか」
「そうだよ! 雑魚をいくら狩ってもSPの効率が悪い。だったら、強い探索者を呼び込んでSPを大量にもらった方がいいでしょ?」
私は当たり前のことを言う。結局のところ、重要なのは倒した人間の数ではなく、手に入れたSPの量が重要なんだよ。低ランクダンジョンを構えて雑魚狩りしたって、強い探索者1人でひっくり返ることもある。
「しかし、芝 天帝氏並の探索者は早々いませんし、いたとしても倒せませんよね? 彼の魂を手に入れることができたのは、本当に運が良かったとしか言いようがありません」
「まあ、そうなんだけどね」
「それに探索者が強すぎると、我々が敗北する危険があります。事実、我々は榎本や日下部レベルの探索者に戦力をかなり削られましたよね?」
「た、確かに……」
あの2人がダンジョンに来た時もかなりのモンスターをやられちゃったからねえ。
「戦力的にもモンスターがやられてしまうと補充が来るまでの間、ダンジョン内の戦力が低下しますし、そもそもいたずらにモンスターの命を散らすなど暗君のすることです」
「ぐぬぬ。言いたい放題だね」
流石に暗君とまで言わなくてもいいじゃないとは……まあ、死なせちゃったモンスターがいるのは事実だけれども。
「こうして、UNOしていて良いんですか? 上に立つ者としてもっと他にすることが」
「アーアーキコエナーイ。キコエナーイ。そもそも、ずっとボスフロアで待ち構えていないといけない私になにができるって言うの」
「まあ、それはそうなんですけどね……」
基本的にボスモンスターは強い。FランクのボスでもCランクダンジョンのザコよりも強いとされている。その基準で言えば、私はSランクダンジョンのザコモンスターと同等程度かな。Sランクダンジョンは1度足を踏み入れたら帰還するのが困難とされているほど。私はその程度には強いから、余程のイレギュラーがなければ負けない。
だから、私が修行して強くなってもそれはほとんど意味がないことで……それよりもボスモンスターにとって重要なのは、部下たちを強くしてダンジョンを強化する能力なんだよねえ。
「実際のところは……シュラ君がいるからもう大丈夫な気がするけどね」
「まあ、確かに……第2層のシュラは強い。なにせ、あのゴーレムを倒した佐原 紬を退けるほど。第2層の良いストッパーになってくれるでしょう」
「ね? だよね? 私、ちゃんとダンジョンを強化できてるよね? 良くやってるよね? これ以上がんばらなくてもいいよね?」
「…………反論しようと思いましたが、実績がきちんとある以上何も言えませんね」
「でしょでしょ!」
というわけで、翠華君とUNOを続行することになった。結果は私の勝ち。やはり、翠華君とゲームをするのは楽しい。だって、私が勝てるもの。
「なーなー。ルネ様ー」
クジラのぬいぐるみが私にだる絡みしてきた。
「ん? どうしたの?」
「俺もUNOやらせてくれよ」
「ダメ」
「なんでだよー!」
「だって、アンタ強いもの。私は確実に勝てる相手としかゲームしたくないの!」
「私は確実に勝てる相手ですか……」
翠華君が落ち込んでしまった。ちょっと言い過ぎたかな。翠華君だって一生懸命ゲームしてるし。弱いけど。
「ごめんって。翠華君」
「まあ、翠華がゲーム弱すぎるだけで、ルネ様も大概ゲーム弱いけどな」
「あんたねえ!」
どうして、こいつはこう……見た目に反して態度が可愛くないの! ネコのぬいぐるみの方は可愛いのに。
「まあ、俺は俺でネコと同種族同士楽しくやれてるからいいけどよ」
「あーはいはいそうですね」
こいつは確かに生意気だ。けれど……このダンジョンのボスモンスターに就任した時から私はほとんどの時間を1人で過ごして来た。それに比べたら、この賑やかな状況は悪くないのかもしれない。いや……結構助けられているよ、実際は。
「あ、そうだ。ルネ様。篠崎さんが持ってきた漫画の最新刊読んだか?」
「ううん、これから読もうと思っていたところ」
「主人公の父親死んだぞ」
「え?」
「だから父親が死んだ。主人公をかばって」
「あ、あんた! なんてことを言うの! 私まだ読んでないのにネタバレするなんてひどいじゃない!」
主人公が生き別れた父親とやっと再会できたところで終わった前巻。感動のシーンの後の展開がどうなるのか楽しみだったのに……
「ってか……お父さん死んじゃったんだ」
「うん、死んだ」
なんかショック。割と好きなキャラだっただけに……
「あー作者ー! なにも殺すことなかったじゃないの! この人殺し!」
「探索者を殺しているルネ様が言うのか……」
なんか……こう、楽しみにしていた漫画だけにショックがでかいというか、これから読むのに、お父さん死ぬんだって思いながら読むのか。やだなー。
私は自室に戻って漫画を手に取って読み始めた。主人公とお父さんが感動の再会をした直後、四天王の1人が現れて戦いに入る。ああ、ここでお父さん死んじゃうんだ。
そして、主人公とお父さんが協力して、四天王を倒した。
……? 倒しちゃったよ! え? ここで死なないの? ってことは、次の展開で……
死なない! え? いや、生きてるのはいいんだけど、死ぬんじゃなかったの?
「ちょっと! あんた。お父さん死なないじゃないの」
「嘘に決まってんだろバーカ。やーい、騙されてやんのー」
クジラのぬいぐるみは私を散々煽るだけ煽って、ぴょんぴょんと跳ねまわって逃げる。
「この! 待ちなさい!」
私はクジラのぬいぐるみをシバキ倒してやろうと追いかける。しかし、ぬいぐるみは無駄に逃げ足が速い。ぴょんぴょん飛び跳ねるしか出来ないクセに!
「今日もダンジョンは平和だなー」
翠華君がしみじみとそんなことを言っていた。どこが平和なの! 私の心は怒り狂ってるんだよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます